沖縄県本部町瀬底方言の自然談話

共通語 方言(音声記号) 方言(かな) 音声
それでは 第一代の ノロからの 話しを しましょうね。 ʔaɴsaː dai‐ʔitʃidai‐nu nuru‐hara‐nu hanaʃiː saː‐jaː. ^あんさーだい‐^いちだい‐ぬ ぬる‐はら‐ぬ はなしーさー‐やー.
あ、瀬底の ノロは 昔 (瀬底の)立ち始め……第十三代の 尚敬王 時代に なって 公儀の 命令で ノロに なったよう であるよ、公儀(のね)。 aː suku‐nu nuru‐ja mukaːʃi tatʃi‐hwadʒimai‐hara‐nu …… daidʒuːsandai‐no ʃoːkeiʔoː dʒidai tʃiː koːgi‐nu meirei‐sai nuru nateːnu‐gutu ʔaiɴ‐joː, koːginu. あーすく‐ぬ ぬる‐や むかーし たち‐ふゎぢまい‐はら‐ぬ …… だいぢゅーさんだい‐の しょーけい^おーぢだい ちーこーぎ‐ぬ めいれい‐さい ぬる なてーぬ‐ぐとぅ ^あいん‐よー, こーぎぬ.
えー それで、 公儀は、 尚敬王は 具志頭親方の 出身の所 だから、 ʔeː sunneː koːgi‐ja ʃoːkeiʔoː‐ja guʃitʃaɴ‐ʔeːkata‐nu ʃuʃʃiɴ‐nu baʃu jeːtu, ^えーすんねーこーぎ‐や しょーけい^おー‐や ぐしちゃん‐^えーかた‐ぬ しゅっしん‐ぬ ばしゅ いぇーとぅ,
瀬底エーキーの 二代目の 先祖の 場所で、 御神人を 集めて 決まったよう である。 suːku‐ʔeːkiːnu nideːme‐nu hwaːhuːdʒiː‐nu baʃo‐wuti ʔukamintʃu ʔatsumiti kimateːnu gutu ʔaiɴ. すーく‐^えーきーぬ にでーめ‐ぬ ふゎーふーぢー‐ぬ ばしょ‐うぅてぃ ^うかみんちゅ ^あつみてぃ きまてーぬ ぐとぅ ^あいん.
ノロは、 島の ノロは 公儀ノロといって、 御主の 命令で ノロに おなりになり、 nuru‐ja, ʃimaː‐nu nuroː kuːgi‐nuru ritʃi ʔuʃunu meirei‐ʃei nuru naimisoːtʃi, ぬる‐や, しまー‐ぬ ぬろーくーぎ‐ぬる りち ^うしゅぬ めいれい‐しぇい ぬる ないみそーち,
瀬底エーキーの 二代目の 先祖の 姉妹で いらっしゃったのか、 そこは わからないが sukuʔeːkiː‐nu nideːme‐nu hwaːhudʒi‐nu tʃoːreːbiː jemiʃeːtara, ʔmaːja wakaraɴʃiga, すく^えーきー‐ぬ にでーめ‐ぬ ふゎーふぢ‐ぬ ちょーれーびーいぇみしぇーたら, ^まーや わからんしが,
そこは ノロ(の) なり はじめは 瀬底エーキーの 子孫(で) 娘から (ノロに)して ʔmaː nuru nai hwadʒimai‐ja suku‐ʔeːkiːnu kwaːʔmaːga jinaŋguŋgwa‐hara natʃi, ^まーぬる ない ふゎぢまい‐や すく‐^えーきーぬ くゎー^まーが いなぐんぐゎ‐はら なち,
その 人の 遺骨は 今 ナピャウガンに(ある) あるよ。 ʔuntʃuː‐ga ʔikotsu‐ja nama napjaʔugwaɴ‐neː (ʔaru…) ʔaiɴ‐joː. ^うんちゅー‐が ^いこつ‐や なま なぴゃ^うぐゎん‐ねー(^ある…) ^あいん‐よー.
その 次は また (二代目の … あの あ)二代目の ノロは また アガリの 娘が (ノロに)なって きて、 ʔunu tsugi‐ja mata (nideːmenu … ʔanu aː ) nideːme‐nu nuru‐ja mata ʔagari‐nu jinaguŋgwa‐nu nati tʃiː, ^うぬ つぎ‐や また (にでーめぬ … ^あぬ あー) にでーめ‐ぬ ぬる‐や また ^あがり‐ぬ いなぐんぐゎ‐ぬ なてぃ ちー,
その人は それ 遺骨は また あそこ メーバルの ノロ墓に あるんだ。 ʔuntʃuː‐ja daː ʔikotsu‐ja mata ʔamaː meːbarunu nurubaka‐neː ʔaim‐baː. ^うんちゅー‐や だー^いこつ‐や また ^あまーめーばるぬ ぬるばか‐ねー^あいん‐ばー.
イリンヤー(西屋)の 人が(…) ʔiriɴjaː‐nu tʃuː‐nuː ^いりんやー‐ぬ ちゅー‐ぬー
三代(の)ノロの 先祖(は) ああ ノロは 我々の祖父の 子 でいらしたが sandeː‐nuru‐ga hwaːhudʒi ʔaː nuru‐ja ʔaga tammeː‐nu kwaː jeːmiʃeteːʃiga, さんでー‐ぬる‐が ふゎーふぢ ^あーぬる‐や ^あが たんめー‐ぬ くゎーいぇーみしぇてーしが,
それは ああ アガリ(東)の 次男三男の 子で… (ノロに)なっているが、その人の 遺骨は 今 トーナンビャに 行けば あるはずだ。 ʔureː ʔaː ʔagari‐nu dʒinaɴ‐sannaɴ‐nu kwaː jati natiʃiga ʔuntʃuː(ja)‐nu ʔikotsu‐ja nama toːnambjaː‐neː ʔidʒaː ʔairahadʒi. ^うれー^あー^あがり‐ぬ ぢなん‐さんなん‐ぬ くゎーやてぃ なてぃしが ^うんちゅー(や)‐ぬ ^いこつ‐や なま とーなんびゃー‐ねー^いぢゃー^あいらはぢ.
その ノロに なると、 妻に する 人は 居らず、 瀬底に。 ʔunu nuru nati hitʃaːtu tudʒi suːnu tʃuːja wuraːnu ʃiːkuni. ^うぬ ぬる なてぃ ひちゃーとぅ とぅぢ すーぬ ちゅーや うぅらーぬ しーくに.
そこで アガリ(東)の 先祖が ウラサキ(浦崎)の ナカソネ(仲宗根)と いう 人を 連れてきて 夫に させて。 ʔaɴsaːni ʔagari‐nu hwaːhudʒi‐nu ʔurasaki‐nu nakadʒuniː‐ri ʔjuːnu tʃuː soːtitʃiː, wutuː ʃimiːti. ^あんさーに ^あがり‐ぬ ふゎーふぢ‐ぬ ^うらさき‐ぬ なかぢゅにー‐り ^ゆーぬ ちゅーそーてぃちー, うぅとぅーしみーてぃ.
そうしたら、 その人と 仲宗根ノロと その ノロとの 仲に 女の子が 一人 生まれて hitʃitʃaːtu ʔuntʃuː‐tu nakadʒuni‐nuru‐tu ʔunu nuru‐tu‐nu nakaneː jinaguŋgwa tʃui ʔmaːriti, ひちちゃーとぅ ^うんちゅー‐とぅ なかぢゅに‐ぬる‐とぅ ^うぬ ぬる‐とぅ‐ぬ なかねーいなぐんぐゎ ちゅい ^まーりてぃ,
そうすると それは その 女の子が また 親の 代わりに ノロに なっているよ。 hitʃitʃaːtu ʔuriː‐ja ʔunu jinaguŋgwa‐nu mata ʔujaː‐nu kawai nuru nateɴ‐joː. ひちちゃーとぅ ^うりー‐や ^うぬ いなぐんぐゎ‐ぬ また ^うやー‐ぬ かわい ぬる なてん‐よー.
それが ああ 三代の ああ 四代目の ノロだ。 ʔuri‐ga aː sandeː… aː judeː‐menu nuru. ^うり‐が あーさんでー… あーゆでー‐めぬ ぬる.
内間の おばあさん、その 内間の おばあさん であるが、 ʔutʃimanu buppaː, ʔunu ʔutʃima‐nu buppaː jaʃiːga, ^うちまぬ ぶっぱー, ^うぬ ^うちま‐ぬ ぶっぱーやしーが,
その 人(が)は ああ 道光11年の かのとのうの 年に 生まれて。 ʔuntʃuː(ga)‐jaː aː doːkoːdʒuːʔitʃineɴ‐nu kanutu‐nu‐ʔuːnu tuʃi‐neː ʔmaːriti. ^うん ちゅー(が)‐やーあーどーこーぢゅー^いちねん‐ぬ かぬとぅ‐ぬ‐^うーぬ とぅし‐ねー^まーりてぃ.
大正、 大正 3年かな、 3年の 寅年の 3月17日に 急に お亡くなりに なって しまったが、 taiʃoː, taiʃoːsanneɴ‐gajaː sanɴen‐nu tura‐ruʃinu saŋgwatʃi‐dʒuːʃitʃinitʃi keːmaːtʃi hitʃitʃaːʃiga, たいしょー、 たいしょーさんねん‐がやーさんねん‐ぬ とぅら‐るしぬ さんぐゎち‐ぢゅーしちにち けーまーち ひちちゃーしが,
ちょうど 84の 歳に お亡くなりになったんだ。 tʃoːdo patʃidʒuːʃi‐nu tuʃi‐neː maːʃimisoːtʃim‐baː ちょーど ぱちぢゅーし‐ぬ とぅし‐ねーまーしみそーちん‐ばー
その 人が 亡くなって しまうと また アガリ(東)の 7代目の 先祖の 長女(で) メーヌヤー(前の家)の おばあさんが (ノロに)なりなさって、 ʔunu tʃuː‐ga maːtʃi hitʃitʃaːtu mata ʔagari‐nu hitʃideːme‐nu hwaːhudʒi‐nu tʃoːdʒo, meːnujaː‐nu buppaː‐ga naimisotʃi, ^うぬ ちゅー‐が まーち ひちちゃーとぅ また ^あがり‐ぬ ひちでーめ‐ぬ ふゎーふぢ‐ぬ ちょーぢょ, めーぬやー‐ぬ ぶっぱー‐が ないみそち,
その人の 時には ウフジュクと 争いも 出てね ノロの。 ʔun tʃuː‐ga basu‐neː‐ja ʔuːhudʒukutu ʔarasuiɴ ʔidʒitiɴ‐joː nuru‐nu. ^うん ちゅー‐が ばす‐ねー‐や ^うーふぢゅくとぅ ^あらすいん ^いぢてぃん‐よーぬる‐ぬ.
ウフジュクの 立ち始め(起こり) だから、 それは 島袋 源一郎さんが 何して 争い(が) 出て(起きて)、 ʔuhudʒuku‐nu tatʃi‐hwadʒimai jatu ʔureː ʃimabuku geɴʔitʃiroː‐saɴ‐ga ʔuri saːni ʔaraʃiː ʔidʒiːti, ^うふぢゅく‐ぬ たち‐ふゎぢまい やとぅ ^うれーしまぶく げん^いちろー‐さん‐が ^うり さーに ^あらしー^いぢーてぃ,
ウフジュクの 子孫から 6… その あー 内間ノロの おばあさんが 後は 6代目は 出ているわけ。 ʔuhudʒuku‐nu kwaːmaːga‐hara ruku… ʔunu aː ʔutʃima nuru‐nu buppaː‐ga ʔatu‐ja rukudeːme‐ja ʔidʒitam‐baː. ^うふぢゅく‐ぬ くゎーまーが‐はら るく… ^うぬ あー^うちま ぬる‐ぬ ぶっぱー‐が ^あとぅ‐や るくでーめ‐や ^いぢたん‐ばー.
ミーグァーヤー(目小屋)の 仙太郎の 妻(で)、 ウフジュクの 源太郎と 言いなさる 人の…(音声不明) 出て、 miːgwaːjaː‐nu ʃentaroː‐ga tudʒi, ʔuhudʒuku‐nu gentaroː‐ri ʔiːmiʃen tʃuː‐nu ʃiːdʒa…nu ʔidʒiːti, みーぐゎーやー‐ぬ しぇんたろー‐が とぅぢ, ^うふぢゅく‐ぬ げんたろー‐り ^いーみしぇん ちゅー‐ぬ しーぢゃ…ぬ ^いぢーてぃ,
5,6年 経って あれが(その人が) (ノロに)出るものでは ない といって、あれ(その人)は 断って きて そしたら gurukuniɴ hitʃitʃaːtu ʔaɴ‐ga ʔidʒiːnu munoː ʔaranu ritʃi, ʔareː kutuwatti tʃiː hitʃitʃaːtu, ぐるくにん ひちちゃーとぅ ^あん‐が ^いぢーぬ むのー^あらぬ りち, ^あれーくとぅわってぃ ちーひちちゃーとぅ,
むこうの ノロ親は、 7代目の ノロは また アガリ(東)の 嘉五郎さんの 長女が 出たわけ。 ʔama‐nu nuru‐ʔumaːja hitʃideːme‐nu nuru‐ja mata ʔagari‐nu kaguroːsaɴ‐ga tʃoːdʒo‐nu ʔidʒitam‐baː. ^あま‐ぬ ぬる‐^うまーや ひちでーめ‐ぬ ぬる‐や また ^あがり‐ぬ かぐろーさん‐が ちょーぢょ‐ぬ ^いぢたん‐ばー.
今 現在 あれが(その人が) ノロに なって きているが、 ʔama gendzai ʔari‐ga nuru nati tʃiːʃiga, ^あま げんざい ^あり‐が ぬる なてぃ ちーしが,
4代目の ノロは (内間 あの) ノロドンチ屋敷に 家を 葺いて いらしたが jondaime‐no nuru‐ja (ʔutsima ʔanu) nururuntʃi‐jaːʃiki‐neː jaː hutʃi ʔmeɴseːteːʃiga. よんだいめ‐の ぬる‐や (^うつぃま ^あぬ) ぬるるんち‐やーしき‐ねーやーふち ^めんせーてーしが.
その 家は (…) 葺き立て小屋、 穴屋を つくって いらっしたが ʔunu jaː‐ja (tat…) hukitate‐goja, ʔana‐jaː tʃukuti meɴʃeːteːʃi(ga), ^うぬ やー‐や (たっ…) ふきたて‐ごや, ^あな‐やーちゅくてぃ めんしぇーてーし(が),
84(歳)の 年寄りに なって くると hwatʃidʒuːʃiː‐nu tuʃiːjui nati tʃiː tʃaːtu ふゎちぢゅーしー‐ぬ とぅしーゆい なてぃ ちーちゃーとぅ
その 穴屋は シロアリが 食って もう 台風(が) 吹くと 居れなく なってきて …、 三男(の) 男の子(を) 連れてきて、 ʔunu ʔanajaː‐nu ʃiraʔainu kaːti, ʔnaː teːhuː hukiba wuːturaɴ‐gutu natti tʃiː tʃaː…, sannaɴ jikigaŋgwa soːtitʃiː ^うぬ ^あなやー‐ぬ しら^あいぬ かーてぃ, ^なーてーふーふきば うぅーとぅらん‐ぐとぅ なってぃ ちーちゃー…, さんなん いきがんぐゎ そーてぃちー
お神の 前で もう おいとま させてくださいと 杯(を) お供えして ʔukami‐nu meː‐neː naː ʔuituma ʃiremisoːri ritʃi guʃiː ʔusagiti, ^うかみ‐ぬ めー‐ねーなー^ういとぅま しれみそーり りち ぐしー^うさぎてぃ,
そして その 家は その 時に その 日に すべて 壊したんだ。 ʔaɴʃi ʔunu jaː ʔuɴ basu‐neː ʔuɴ(ba) hiː‐neː muru kontʃem‐baː. ^あんし ^うぬ やー^うん ばす‐ねー^うん(ば) ひー‐ねーむる こんちぇん‐ばー.
壊して 片付けて しまうと、 その 夜は その 三男ノロの 家で、 自分の 曾孫、 あの 本家の 曾孫、 ああ 前に して お休みになって、 そうすると そのまま 亡くなった。 kontʃi ʃidʒimiti tʃiːtʃaːtu, ʔunu juruː‐ja ʔunu sannaɴ‐nuru jaː ʔidʒi duːnu mataʔmaːga, ʔanu hoŋke‐nu mataʔmaːga, ʔaː meːnatʃi juhuimisotʃi, hitʃitʃaːtu ʔunumama tʃaːmaːʃi. こんち しぢみてぃ ちーちゃーとぅ, ^うぬ ゆるー‐や ^うぬ さんなん‐ぬる やー^いぢ どぅーぬ また^まーが, ^あぬ ほんけ‐ぬ また^まーが, ^あーめーなち ゆふいみそち, ひちちゃーとぅ ^うぬまま ちゃーまーし.
お神に お許しをえた 夜(に) お亡くなりになり 、 ʔukami‐neː ʔujubi sutanu juruː maːʃimisoːtʃi, ^うかみ‐ねー^うゆび すたぬ ゆるーまーしみそーち,
その翌日は 3月の 15,6日ごろ でなったかな naːtʃaː‐ja saŋgwatʃi‐nu dʒuːgurukunitʃi‐guru jaraŋgajaː, なーちゃー‐や さんぐゎち‐ぬ ぢゅーぐるくにち‐ぐる やらんがやー,
日は 覚えていないが 確かに 3月 寅年 であるが、 hiː‐jaː ʔubiraɴʃiga taʃikani saŋgwatʃi turaduʃi jaʃiga, ひー‐やー^うびらんしが たしかに さんぐゎち とぅらどぅし やしが,
ああ 大正 3年かな、 寅年は。 ʔaː taiʃoː sanneɴ‐gajaː tura‐duʃi. ^あーたいしょーさんねん‐がやーとぅら‐どぅし.
亡くなった …(聞き取り不明) そうなったのも、 ほんとうに お神も いらっしゃるのだなと 思って 信じられるよ。 maːʃinu … hitʃitʃeːse, huntoː ʔokami‐m meɴʃeːsaːri ʔumuti ʃindʒirariɴ‐joː. まーしぬ … ひちちぇーせ, ふんとー^おかみ‐ん めんしぇーさーり ^うむてぃ しんぢらりん‐よー.
もう 人間が 御神の 命令なのに もう ノロ(を) おいとま させてくださいといって、 家(を) 片付け してしまったら、 そのまま お亡くなりになったと いうならば なんだか ほんとうに 御神も いらっしゃるんだなと 思って 信じられてきて、 ʔnaː nindʒin‐nu ʔokami‐nu meːreːra ʔnaː nuru ʔuituma ʃimisoːri ritʃiː jaː ʃidʒimiti hitʃitʃaːtu ʔunu maːmaː maːtʃaɴ‐ri ʔiːne nandaka huntoː ʔukami‐ɴ meɴʃeːsajaː ritʃi ʔumuti ʃindʒirattitʃiː ^なーにんぢん‐ぬ ^おかみ‐ぬ めーれーら ^なーぬる ^ういとぅま しみそーり りちーやーしぢみてぃ ひちちゃーとぅ ^うぬ まーまーまーちゃん‐り ^いーね なんだか ふんとー^うかみ‐ん めんしぇーさやーりち ^うむてぃ しんぢらってぃちー
それで 島は 昔から 霊力豊で、 離れ(島)は 瀬底の 御嶽 御神の エンガニも 拝めるの、 これも したが(エンガニーも拝んだが) ʔantʃi ʃimaː‐ja mukaʃi‐hara ʃidʒidaka:sanu hwanarija sukunu ʔutaki ʔukami‐nu ʔeŋganiɴ ʔugamariːʃi, ʔuriɴ hitʃaʃiga, ^あんち しまー‐や むかし‐はら しぢだかーさぬ ふゎなりや すくぬ ^うたき ^うかみ‐ぬ ^えんがにん ^うがまりーし, ^うりん ひちゃしが,
それは 今は 拝めなく なって、 ʔuriː nama ʔugamaran natti, ^うりーなま ^うがまらん なってぃ,
それは ノロが (鐘を)打っている という 話も あってか ʔureː nuru‐nu‐du ʔutturu ritʃinu hwanaʃi‐ɴ ʔatittʃiː hitʃaːʃiga, ^うれーぬる‐ぬ‐どぅ ^うっとぅる りちぬ ふゎなし‐ん ^あてぃっちーひちゃーしが,
自分たちも エンガニ 拝もうと 歩いて duːnaː‐tiɴ ʔeŋganiː ʔugamin‐di ʔattʃi hitʃi どぅーなー‐てぃん ^えんがにー^うがみん‐でぃ ^あっち ひち
ペーチンヤーで エンガニーを 拝むと peːtʃiɴjaː‐niːti ʔeŋganiː ʔugaːri ʃiːneːja ぺーちんやー‐にーてぃ ^えんがにー^うがーり しーねーや
… (単語の確定が難しい。) ʔammari naː ʔatʃira … ʃiːneː ^あんまり なー^あちら … しーねー
(…) ウユミ(節句) シヌグの時、 ウチグシクまで 一人で 登り なさったんだ 山のなかへ。 (ʔuhu ʔunu) ʔujumi ʃinigunu‐baː ʔutʃiguʃiku‐madi nan tʃui nubuimiʃeːtaɴ‐joː jamammiːtʃi. (^うふ ^うぬ) ^うゆみ しにぐぬ‐ばー^うちぐしく‐までぃ なんちゅい ぬぶいみしぇーたん‐よーやまんみーち.
あそこで 思いがけ なさるんだ。 ʔamaː‐dʒi ʔumuigatʃi ʃiːmiʃembaː. ^あまー‐ぢ ^うむいがち しーみしぇんばー.
もう 思いがけは どうのように するのか(わからないが) naː ʔumuigatʃija tʃantʃiga ʃiːgasuːra, なー^うむいがちや ちゃんちが しーがすーら,
そうして あれが いらして、 前の ペーチンヤーに いらして、 hitʃi ʔari‐ga ʔmeɴsoːtʃi, meːnu‐peːtʃiɴ‐jaː‐tʃi ʔmensoːtʃi, ひち ^あり‐が ^めんそーち, めーぬ‐ぺーちん‐やー‐ち ^めんそーち,
「さあ もうすぐ その 鐘(が) 拝めるから みんな 静かに していなさいよ」と いうと いって しなさったが、 toː jagaːti ʔunu kaneː ʔugamariːtu muru ʃidʒikani hitʃuːrijoːjaːri ʔiːba, ʔitʃuːti ʃimiseːtaʃiga, とーやがーてぃ ^うぬ かねー^うがまりーとぅ むる しぢかに ひちゅーりよーやーり ^いーば, ^いちゅーてぃ しみせーたしが,
そうすると すぐに (鐘は)拝めたんだ。 ʔantʃi ʃiːba sugu ʔugamaritaɴ‐joː. ^あんち しーば すぐ ^うがまりたん‐よー.
それで これは また ノロが (鐘を)打っている という 話が あったが ʔantu ʔureː mata nuru‐nu‐du ʔutturu ritʃiːnu hwanaʃiː ʔaitaʃiga ^あんとぅ ^うれーまた ぬる‐ぬ‐どぅ ^うっとぅる りちーぬ ふゎなしー^あいたしが
それは 本当に ノロが (鐘を)打っていたのか、 また 御神が (鐘を)お打ちに なられたのか、もう そこは 確かめられないわけだ 自分で。 hureː huntoː nuru‐nu‐ga ʔuttutara, mata ʔukami‐ga‐ga ʔutʃimiʃeːtara, naː maː‐ja taʃikamiraram‐baː duːnaː‐nu. ふれーふんとーぬる‐ぬ‐が ^うっとぅたら, また ^うかみ‐が‐が ^うちみしぇーたら, なーまー‐や たしかみららん‐ばーどぅーなー‐ぬ.
ほれ それは もう 自分たちが 拝めれば わかる。 daː ʔureː naː duːnaː‐nu ʔugarariba‐ru wakai‐ru. だー^うれーなーどぅーなー‐ぬ ^うがらりば‐る わかい‐る.
だが その 後からは もう 絶対 拝めない。 suːʃiga ʔunu ʔatu‐hara‐ja naː dzettai ugamaraɴ. すーしが ^うぬ ^あとぅ‐はら‐や なーぜったい うがまらん.
鐘は その人までで、 あのような ものを おがんで。 hani‐ja ʔun tʃuːmariː, ʔantʃinu munoː ʔugamatti. はに‐や ^うんちゅーまりー, ^あんちぬ むのー^うがまってぃ.
あの人が 亡くなって しまってから 拝めないが、 ʔun tʃuː‐ga maːtʃi hitʃi‐hara ʔugamaranɴʃiga ^うんちゅー‐が まーち ひち‐はら ^うがまらんんしが
このような 離島は すべて あのような ああ 霊力豊かで 何だけれども hantʃi‐nu ritoː‐ja subiti ʔantʃi‐nu ʔaː ʃiʒirakaːsanu ʔurijaʃiga はんち‐ぬ りとー‐や すびてぃ ^あんち‐ぬ ^あーしじらかーさぬ ^うりやしが
島の ノロは 今まで ちょうど 7代(に) なって きているが ʃimaː‐nu nuroː nama‐mariː tʃoːro hitʃidai nati tʃiːʃiga しまー‐ぬ ぬろーなま‐まりーちょーろ ひちだい なてぃ ちーしが
御神人(が) 皆 決まったのは 13代の 尚敬王時代、 具志頭親方の 時代に 決められたと 思う 私は。 ʔukamiɴ‐tʃu muru kimataʃi‐ja dʒuːsandai‐nu soːkeiwoːdʒidai, guʃitʃaɴ‐ʔeːkata‐nu dʒidai‐neː kimatiːrari ʔumiɴ wanuja. ^うかみん‐ちゅ むる きまたし‐や ぢゅーさんだい‐ぬ そーけいうぉーぢだい, ぐしちゃん‐^えーかた‐ぬ ぢだい‐ねーきまてぃーらり ^うみん わぬや.
その頃は (いくつ) いくつ 門中が 瀬底に あったか というと 6ヶ所の 門中が あるよ。 ʔunumaŋgura‐ja (ʔikutʃi) ʔikutʃiː muntʃuː‐nu ʃiːku‐ni ʔataːga‐ri ʔiːneː‐ja mutuːma‐nu muntʃuː‐nu ʔaiɴ‐joː. ^うぬまんぐら‐や (^いくち) ^いくちーむんちゅー‐ぬ しーく‐に ^あたーが‐り ^いーねー‐や むとぅーま‐ぬ むんちゅー‐ぬ ^あいん‐よー.
ウフジュク門中、 それから 仲田門中、 仲程門中、 それから ヒチャンハタ門中、 それから アガリ(東)門中、 奥原門中、 その 6ヶ所の ああ 門中が いらしたようだ。 ʔuhudʒuku‐muntʃuː ʔuri‐hara nakara‐muntʃuː, nakahuru‐muntʃuː ʔuri‐hara hitʃaɴhwata‐muntʃuː ʔuri‐hara ʔagarinu‐muntʃuː ʔukubaru‐muntʃuː ʔunu mutu‐ma‐nu aː muntʃuː‐nu meɴʃeːteɴ. ^うふぢゅく‐むんちゅー^うり‐はら なから‐むんちゅー, なかふる‐むんちゅー^うり‐はら ひちゃんふゎた‐むんちゅー^うり‐はら ^あがりぬ‐むんちゅー^うくばる‐むんちゅー^うぬ むとぅ‐ま‐ぬ あーむんちゅー‐ぬ めんしぇーてん.
すべて 女神は その 6ヶ所の 子孫から(で)、 今 私が 物心ついてから 私は もう 家(を) 全部 継いでいるわけ。 subiti jinagugami‐ja ʔunu mutuma‐nu kwaː‐ʔmaːga‐hara nama waːga munu ʔumuti‐hara wanaː naː jaː muru tʃidʒim‐baː. すびてぃ いなぐがみ‐や ^うぬ むとぅま‐ぬ くゎー‐^まーが‐はら なま わーが むぬ ^うむてぃ‐はら わなーなーやーむる ちぢん‐ばー.
だから 御神争いも 昔から あってきたが 皆 何して ああ そうだったが、その ノロ、 御神人は すべて その 子孫から 皆 出て きて、 suːtu ʔukami‐ʔarasui‐m mukaːʃi‐hara ʔatitʃeːʃiga muru ʔuri tʃiː ʔaː jateːʃiga ʔunu nuru ʔukamin‐tʃu‐ja subite ʔunu kwaː‐ʔmaːga‐hara muru ʔidʒiːti, すーとぅ ^うかみ‐^あらすい‐ん むかーし‐はら ^あてぃちぇーしが むる ^うり ちー^あーやてーしが ^うぬ ぬる ^うかみん‐ちゅ‐や すびて ^うぬ くゎー‐^まーが‐はら むる ^いぢーてぃ,
それで ノロは アガリ(東)の 子孫、 根神は ウフジュクの 子孫、 おきて神は ああ 仲程門中、 それから その タチ神 といって 馬にか ウフユミシヌグに 乗るのは ああ 仲程門中、 奥原門中、 アガリ(東)の門中から 皆が 出て、あんなに しているようで あるとさ。 hitʃi, nuru‐ja ʔagari‐ɴ kwaː‐ʔmaːga, nigami‐ja ʔuhudʒuku‐nu kwaː‐ʔmaːga, ʔutʃigami‐ja aː nakahuru‐muntʃuː ʔuri‐hara ʔunu tatʃigami ritʃi ʔmaːniga ʔuhujumi ʃinugu‐neː nuiʃi‐ja ʔaː nakahuru‐muntʃuː ʔukubaru‐muntʃuː ʔagarinu‐muntʃuː‐hara muru ʔidʒiːti ʔantʃi tsakkunu‐gutu ʔaiɴ‐ri. ひち, ぬる‐や ^あがり‐ん くゎー‐^まーが, にがみ‐や ^うふぢゅく‐ぬ くゎー‐^まーが, ^うちがみ‐や あーなかふる‐むんちゅー^うり‐はら ^うぬ たちがみ りち ^まーにが ^うふゆみ しぬぐ‐ねーぬいし‐や ^あーなかふる‐むんちゅー^うくばる‐むんちゅー^あがりぬ‐むんちゅー‐はら むる ^いぢーてぃ ^あんち つぁっくぬ‐ぐとぅ ^あいん‐り.
だから これは 島は 昔から 御神国といって、昔の 歌に 臼太鼓節に あるよ。 ʔantu hureː ʃima‐ja mukaʃi‐hara ʔukami‐guni ritʃi mukaʃi‐nu ʔuta‐neː ʔuʃireːkubuʃineː ʔaiɴ‐joː. ^あんとぅ ふれーしま‐や むかし‐はら ^うかみ‐ぐに りち むかし‐ぬ ^うた‐ねー^うしれーくぶしねー^あいん‐よー.
「瀬底 照る島は なるほど 富みさかえた(島だ) 周囲は 御嶽、 中は 豊かな国だ」 「ʃisuku teruʃimaja daɴsu tujumariru ʃirukutʃi‐ja ʔutaki naka‐ja ʔeguni」 「しすく てるしまや だんす とぅゆまりる しるくち‐や ^うたき なか‐や ^えぐに」
シルクチは 周囲と 書いてあると 思う。 ʃirukutʃi‐ja ʃuːisai hattʃeːrari ʔumuiɴ. しるくち‐や しゅーいさい はっちぇーらり ^うむいん.
周囲は 御嶽、 シルクチといって あんな ことが あるから だから 御神ごとは 軽々しく しては いけないと いうわけだ。 suːi‐ja ʔutaki, ʃirukutʃi ritʃi ʔantʃi‐nu kutuː‐nu ʔaitu, eːtu ʔukami‐gutoː ʔukkari hitʃiː‐ja naraɴ‐saː‐ribaː. すーい‐や ^うたき, しるくち りち ^あんち‐ぬ くとぅー‐ぬ ^あいとぅ, えーとぅ ^うかみ‐ぐとー^うっかり ひちー‐や ならん‐さー‐りばー.
もう それだけだ。 naː ʔussa:. なー^うっさー.