沖縄県本部町瀬底方言の自然談話

共通語 方言(音声記号) 方言(かな) 音声
えー 下男奉公というのは 大概 明治の 半ば頃から 始まって 大正 12,3年頃まで そのような その 下男奉公というのは あったらしい よう ですが。 jeː dʒinam-buːkuː ruʃi-ja teːgeː kuri jiː meidʒi-nu nakaba-guru-kara hwadʒimati taiʃoː dʒuːnisan-niɴ-guru-mari ʔunu huːdʒiː-nu ʔunu dʒinan-buːkuː ruʃi ʔateːgiʃeɴ huːdʒi jeːbiʃiga. いぇー ぢなん-ぶーくー るし-や てーげー くり いぃー めいぢ-ぬ なかば-ぐる-から ふぁぢまてぃ たいしょー ぢゅーにさん-にん-ぐる-まり ^うぬ ふーぢー-ぬ ^うぬ ぢなん-ぶーくー るし ^あてーぎしぇん ふーぢ いぇーびしが.
昔からの 話に 子産しびんぼう といって 子(を) 多く 産んでも 貧乏する といって。 mukaʃi-kara-nu hwanaʃi-neː ʔkwaːnaʃi-biɴsoː ritʃi ʔkwaː ʔuhoːku naʃineːjatitim piɴsoː-sun ritʃi. むかし-から-ぬ ふぁなし-ねー ^くゎーなし-びんそー りち ^くゎー ^うほーく なしねーやてぃてぃん ぴんそー-すん りち.
また もう一つの 昔言葉に "升目(を) 引くよりは 口数(を) 引け" という 話し(が) ある とおり。 mata naːtiːtʃi-nu mukaːʃi-kutuba-neː "masu-tʃige hika-joːkaɴ-ja kutʃi-bata hiki" ritʃinu hwanaʃiː ʔainti. また なーてぃーち-ぬ むかーし-くとぅば-ねー "ます-ちげ ひか-よーかん-や くち-ばた ひき" りちぬ ふぁなしー ^あいんてぃ.
本当に もう 昔は もう えー 飢饉の年は 当たると もう 子(を) 産んでいる 人達は もう かかるべきものも かかることができないで 資産家へ 自分の んー 自分の 子 愛しい 自分の 子も 下男奉公 うー させて、 huntoː naː mukaʃi-ja naː eː gaʃi-ruʃi ʔataineːtija naː ʔkwaː naʃin tʃuː-taː naː kakaru-muɴ kakararaːnu ʔeːkintʃuːɴ-gati duːnu ɴː duːnu kwaː, hanasa duːɴ ʔkwaː-n dʒinim-buːkuː ʔuː ʃimiːti. ふんとー なー むかし-や なー えー がし-るし ^あたいねーてぃや なー ^くゎー なしん ちゅー-たー なー かかる-むん かかららーぬ ^えーきんちゅーん-がてぃ どぅーぬ んー どぅーぬ くゎー, はなさ どぅーん ^くゎー-ん ぢにん-ぶーくー ^うー しみーてぃ.
ああして もう あー 生活など(を) しなければ いけない(…んー)時でしたが、 ʔaɴʃi naː ʔaː kuraʃi-gata sanneː naram (muɴ) ɴː baː jeːbiːteːʃiga. ^あんし なー ^あー くらし-がた さんねー ならん (むん) んー ばー いぇーびーてーしが.
その当時の もう 百貫ずつの 身代金などは 大きい 男が 百貫ずつで もう 資産家の ところで もう 下男奉公(をする)。 ʔuntuːdʒi-nu na hjakkwan-naː ruʃinu-neːteː magisaru jikiganu-ru hjakkwan-naːʃei na ʔeːkin-tʃu-nu tukumaː-neːti na dʒinim-buːkuː. ^うんとぅーぢ-ぬ な ひゃっくゎん-なー るしぬ-ねーてー まぎさる いぃきがぬ-る ひゃっくゎん-なーしぇい な ^えーきん-ちゅ-ぬ とぅくまー-ねーてぃ な ぢにん-ぶーくー.
下男奉公は 身代金、 身代金(を) 背負って その 家で 使われて。 dʒinim-buːkuː-ja duʃiru, duʃiru hatamiti ʔuɴ jaː-neːti ʃikaratti. ぢにん-ぶーくー-や どぅしる, どぅしる はたみてぃ ^うん やー-ねーてぃ しからってぃ.
この んー 借りた お金(を)、 んー きらせる(なくする)ように だった らしい よう ですが kunu ɴː kateːnu dʒiɴ ɴː kirasunu-gutu jateː-giʃeɴ huːdʒiː jeːbiːʃiga, くぬ んー かてーぬ ぢん んー きらすぬ-ぐとぅ やてー-ぎしぇん ふーぢー いぇーびーしが,
それは 借りた お金の 元金は 切れず(なくならず) 利子ばかり きれて(なくなって) いった よう です。 ʔuri-ja kateːnu dʒim mutuʃiɴ-ja kiriranu riː-bakeː kirititʃitʃeːnu huːdʒi jeːbiɴ. ^うり-や かてーぬ ぢん むとぅしん-や きりらぬ りー-ばけー きりてぃちちぇーぬ ふーぢ いぇーびん.
それで もう 働いて 儲けて 家から その 身代金(を) いれないと もう 生きている間 その 家庭に もう 使われなければ ならない ような 大変な 世の中も あった らしい よう ですが。 ʔansaːi naː hwataratʃi moːkiti jaː-hara ʔunu ruʃiru ʔiɴranneːtija naː ʔitʃi-tutuːmi ʔunu kineː-neː naː ʃikaraɴraː naraɴ-gutu-nu ʔusumaʃiː jununaka-ɴ ʔateː-giʃeɴ huːdʒi jeːbiːʃiga. ^あんさーい なー ふぁたらち もーきてぃ やー-はら ^うぬ るしる ^いんらんねーてぃや なー ^いち-とぅとぅーみ ^うぬ きねー-ねー なー しからんらー ならん-ぐとぅ-ぬ ^うすましー ゆぬなか-ん ^あてー-ぎしぇん ふーぢ いぇーびーしが.
それ その 時代の 話(を) すると 今の 若いのが どうしても 信じないで 虚言 だと いって。 ʔuriː ʔundai-nu hwanaʃiː ʃiːmitʃeː nama-nu wakaʃeːʃitaː-ga-ja tʃaːʃiɴ soː saːnu naːmuɴ ʔireːruːri. ^うりー ^うんだい-ぬ ふぁなしー しーみちぇー なま-ぬ わかしぇーしたー-が-や ちゃーしん そー さーぬ なーむん ^いれーるーり.
話し えー しは するが、もう 時代は あのような 時代でしたから もう 自分の 子も 売って もう。 hwanaʃi jeː ʃiːja saːbiːʃiga naː dʒideː-ja ʔantʃinu dʒideː reːbiːteːtu naː ruː-nu kwaː-ɴ ʔuti naː. ふぁなし いぇー しーや さーびーしが なー ぢでー-や ^あんちぬ ぢでー れーびーてーとぅ なー るー-ぬ くゎー-ん ^うてぃ なー.
女郎売りといって 昔の 人の もう 一生涯の 売りと いった ことば だから … それは もう。 dʒuri-ʔuri ritʃi mukaʃin-tʃu-nu naː ʔiʃʃoːgai-nu ʔuiri tʃaːɴ kutuba jeːtu ʔiːmiteːsa ʔureː naː. ぢゅり-^うり りち むかしん-ちゅ-ぬ なー ^いʃしょーがい-ぬ ^ういり ちゃーん くとぅば いぇーとぅ ^いーみてーさ ^うれー なー.
… のようであったらしい よう です。 guniŋkwaːɴ huːdʒi jateːʃeː. ぐにんくゎーん ふーぢ やてーしぇー.
もう 元金は 切れないで 利子ばかり 切れて いって、元金(を) 入れるまでは もう 何十年に なっても もう その 家に 使われなければ ならないと いったような。 naː mutuʃiɴ-ja kiriranu riː-bakeː kiriː ʔidʒi mutuʃiɴ ʔindʒoːkaːraː nandʒuː-nin natin naː ʔunu jaː-niː ʃikararaːnu tʃaːnu huːdʒinu. なー むとぅしん-や きりらぬ りー-ばけー きりー ^いぢ むとぅしん ^いんぢょーかーらー なんぢゅー-にん なてぃん なー ^うぬ やー-にー しかららーぬ ちゃーぬ ふーぢぬ.
あの もう 沖縄は 皆 (あの)ああ しましたのか、 私達の 島に、 瀬底島だけに あのような 制度も ありましたのか 分かりませんが、 あのような んー 時代が あったらしい よう です。 ʔanu na ʔutʃinaː muru (ʔanu) ʔai sabiːtara wattaː ʃima-neː ʃiːkudʒima-neːgatʃiɴ ʔantʃiɴ ʃeiro-ɴ ʔaigasabiːtara wakajabiraɴʃiga,ʔaɴʃinu wuː dʒireː-nu ʔateː-giʃeɴ huːdʒi jeːbiɴ. ^あぬ な ^うちなー むる (^あぬ) ^あい さびーたら わったー しま-ねー しーくぢま-ねーがちん ^あんちん しぇいろ-ん ^あいがさびーたら わかやびらんしが,^あんしぬ うぅー ぢれー-ぬ ^あてー-ぎしぇん ふーぢ いぇーびん.
それで 昔言葉に 言いますのは 今は もう 下男奉公とか 何とか あのー 身代金と 比べますが、 シカーマ といって その 言葉は もう どういう ことかは わかりませんが、 ʔantu mukaːʃi-kutuba-neː ʔjaːbiːʃi-ja nama-ja naː dʒinimbuːkuː-tuka nuːga ʔanuː ruʃiː-tu kurabiːʃiga ʃikaːma ritʃi ʔuɴ kutuːba-ja naː tʃattʃiɴ kutuga wakajabiraɴʃiga. ^あんとぅ むかーし-くとぅば-ねー ^やーびーし-や なま-や なー ぢにんぶーくー-とぅか ぬーが ^あぬー るしー-とぅ くらびーしが しかーま りち ^うん くとぅーば-や なー ちゃっちん くとぅが わかやびらんしが.
シカーマ といって もう 自分の 子も いない、 もう 身代金(を) 負わせる 子も いないと 自分 本人で もう 月に 何日ずつ 何日ずつは 間 仕事 … して していた 制度も あったらしい よう です。 ʃikaːma ritʃi naː duː-nu kwaː-ɴ wuran, naː ruʃiru katamirasuɴ kwaː-ɴ wuranneːteː ruː hunniɴ-saːi na ʃikiː-ni nannitʃi-naː, nannitʃi-naː-ja maː ʃiguːtu … mukeːti suːteːnu ʃeiroː-ɴ ʔateː-giʃeɴ huːdʒi jeɴ. しかーま りち なー どぅー-ぬ くゎー-ん うぅらん, なー るしる かたみらすん くゎー-ん うぅらんねーてー るー ふんにん-さーい な しきー-に なんにち-なー, なんにち-なー-や まー しぐーとぅ … むけーてぃ すーてーぬ しぇいろー-ん ^あてー-ぎしぇん ふーぢ いぇん.
それが シカーマと いうのと。 ʔuri-ga ʃikaːma ruːʃitu. ^うり-が しかーま るーしとぅ.
また 元金(を) 負うのが、 負って … というのが ルシールだ。 mata mutuʃiɴ katamiʃiga, katamitiɴ … ʃika riʃija na ruʃiːru. また むとぅしん かたみしが, かたみてぃん … しか りしや な るしーる.
この ような この お金の 道の やり取りも あったらしい よう ですが。 kunu huːdʒiː-nu konoː dʒin-nu mitʃi-nu jaritui-ɴ ʔateː-giʃeɴ huːdʒi jeːbiːʃiga. くぬ ふーぢー-ぬ このー ぢん-ぬ みち-ぬ やりとぅい-ん ^あてー-ぎしぇん ふーぢ いぇーびーしが.
それが なくなったのは 話(を) 聞いて みますと、 ちょうど んー (はな) 大正時代まで あのような ことが あったと いわれると、 信じ られますでしょうが。 ʔuri-ga neːnnataʃi-ja hanaʃi hitʃimiruɴ saːbiːneːti, tʃoːru wuː kora taiʃoːdʒidai ʔanniɴ kutu ʔatanneːte soːɴ saːbirannu jeːbiːʃiga. ^うり-が ねーんなたし-や はなし ひちみるん さーびーねーてぃ, ちょーる うぅー こら たいしょーぢだい ^あんにん くとぅ ^あたんねーて そーん さーびらんぬ いぇーびーしが.
えー 大正 8年の 物価騰貴、え 第二次 えー 第一次戦争 世界大戦争の 後の 物価騰貴に あ 島の ある 青年が もう 年中 働いても 元金 切れず(なくならず) 全部 もう 利子ばかり(が) 切れる 策であるならば、ここから 逃げて いって、もう あー 島尻(の)田舎あたりへ 日傭(を) して その お金を 払えば 良いのだと言って 逃げた 青年が 2人,3人 居た よう です。 eː taiʃoː hatʃinen-nu bukkatoːki e rainidʒi e raiʔitʃidʒiʃeɴsoː, ʃekaitaiʃeɴsoː-nu ʔatu-nu bukkatoːki-neːti ʔa ʃima-nu ʔaru ʃeːnen-nu ʔnaː nindʒuː hataratʃim mutuʃiɴ-ja kirikiram muru naː riː-bakeː kiriruɴ sakuː-jaraba, maː hiŋgitidʒi naː aː ʃimadʒiri ʔinaːkaɴ-gati hiːjoː ʃiː ʔunu dʒiɴ harariba nairu ritʃi hiŋgiteːnu ɴː ʃeːneː-ga tai mittʃai wuteːʃi huːdʒi jeːbiɴ. えー たいしょー はちねん-ぬ ぶっかとーき え らいにぢ え らい^いちぢしぇんそー, しぇかいたいしぇんそー-ぬ ^あとぅ-ぬ ぶっかとーき-ねーてぃ ^あ しま-ぬ ^ある しぇーねん-ぬ ^なー にんぢゅー はたらちん むとぅしん-や きりきらん むる なー りー-ばけー きりるん さくー-やらば, まー ひんぎてぃぢ なー あー しまぢり ^いなーかん-がてぃ ひーよー しー ^うぬ ぢん はらりば ないる りち ひんぎてーぬ んー しぇーねー-が たい みっちゃい うぅてーし ふーぢ いぇーびん.
それで もう 島尻の 田舎と 言いますが、 それ 田舎 田舎 していますが ʔaɴsaːi naː ʃimadʒiri-nu ʔinaːka ʔjaːbiːʃi ʔuri ʔinaːka ʔinaːka soːbiːʃiga ^あんさーい なー しまぢり-ぬ ^いなーか ^やーびーし ^うり ^いなーか ^いなーか そーびーしが
田舎へ 逃げて いって あそこで 日傭(を) して、 えー その時 ルシー 背負っている 身代金は えー 五百貫と いいますか、 五百貫というが、 十円 だった らしい よう ですが。 ʔinaːkaɴ-gati hiŋgitidʒi ʔama-neːti hiːjoː hitʃi, jeː ʔuneːti ruʃiː katamituteːnu ruʃiru-ja eː guhjakkwaɴri ʔjaːbiːgaja, guhjakkwaɴ jateː dʒuːjeɴ jeːbiːʃiga. ^いなーかん-がてぃ ひんぎてぃぢ ^あま-ねーてぃ ひーよー ひち, いぇー ^うねーてぃ るしー かたみとぅてーぬ るしる-や えー ぐひゃっくゎんり ^やーびーがや, ぐひゃっくゎん やてー ぢゅーいぇん いぇーびーしが.
五百貫 儲けて 来て 身代金を 入れて もう 自由の 身に なって もう 一人前(に) そこから 旅に 出たとの 話を 一人 聞き 聞き して。 guhjakkwaɴ moːkiti tʃiː ruʃiːru takkuri naː ruːnu miːniː nati naː ʔitʃinimmae nati maː tabiɴ-gati ʔidʒitaɴ runu hwanaʃiː tʃui kiki kiki hitʃi. ぐひゃっくゎん もーきてぃ ちー るしーる たっくり なー るーぬ みーにー なてぃ なー ^いちにんまえ なてぃ まー たびん-がてぃ ^いぢたん るぬ ふぁなしー ちゅい きき きき ひち.
それで もう 島尻 方面へ 農家の 家で 砂糖製造期の 手間賃を 儲けて そうして 一つずつ 一つずつ 身代金を きらしていって(なくしていって)、 ʔaɴsaːi naː ʃimadʒiri hoːmeɴ-gati noːkaɴ jaː-neːti saːtaːʃiː-nu timaː moːkiti haɴʃi tiːtʃinaː tiːtʃinaː ruʃiːru kiraːtʃi, naːruːruː ʔuː nateː-giʃeɴ huːdʒiː jeːbiːʃiga. ^あんさーい なー しまぢり ほーめん-がてぃ のーかん やー-ねーてぃ さーたーしー-ぬ てぃまー もーきてぃ はんし てぃーちなー てぃーちなー るしーる きらーち, なーるーるー ^うー なてー-ぎしぇん ふーぢー いぇーびーしが.
今から 考えてると なんと 何十年 働いても もう なるほど 元金は 切れず(なくならず)、ただ 利子ばかり 切れた(なくなった) というと、 えー もう 誰であったとしても あのような ことが あったのかと 思いますが。 nama-kara kaŋgeːneːtija nna nandʒuːniɴ hataratʃin naː ntʃa mutuʃiɴ-ja kiriratara ri-bakaː kiritaɴ-ri ʔiːneːtija naː taːrugajatanteː-kaɴ ʔantʃi-nu kutuː ʔataːgajaː-ri ʔumuisabiːʃiga. なま-から かんげーねーてぃや んな なんぢゅーにん はたらちん なー んちゃ むとぅしん-や きりらたら り-ばかー きりたん-り ^いーねーてぃや なー たーるがやたんてー-かん ^あんち-ぬ くとぅー ^あたーがやー-り ^うむいさびーしが.
もう その 当時は 沖縄であっても もう 稼ぐところも なく、 稼げる ところが あれば 稼ぎも しましたが、 稼げる ところも なく、 naː ʔunu toːdʒi-ja ʔutʃinaː jatanteːkan naː moːkiru tukuːman neːɴ, moːkirarin tukumaː ʔariba-ru moːki-ru (suːru) saːbiːteːʃiga moːkirarin tukumaː neːnu buɴ. なー ^うぬ とーぢ-や ^うちなー やたんてーかん なー もーきる とぅくーまん ねーん, もーきらりん とぅくまー ^ありば-る もーき-る (すーる) さーびーてーしが もーきらりん とぅくまー ねーぬ ぶん.
また 自分自身が 貧乏ものが かかるのは(頼りにするのは) 自分の 子に かかれる(たよれる)(のであって)、人の物も盗めず、もう こうしていても もう お金を 借りて え しないと いけなかった らしい ような 大時代が ありました。 mata duː-nu na piɴsoːmun-nu kakaiʃija, ruːnu kwaː-nu kakairiːru,tʃuː-nu mun nusumaran naː haɴʃi soːtin naː dʒinuː katuːti eː sanneː naranteː-giʃeɴ huːdʒi-nu ʔuːdʒirai-nu ʔateːbiɴ. また どぅー-ぬ な ぴんそーむん-ぬ かかいしや, るーぬ くゎー-ぬ かかいりーる,ちゅー-ぬ むん ぬすまらん なー はんし そーてぃん なー ぢぬー かとぅーてぃ えー さんねー ならんてー-ぎしぇん ふーぢ-ぬ ^うーぢらい-ぬ ^あてーびん.
えー その こと(を) 話し すると もう 今の 子供たちは どうしても それを 分かりは しないだろうと 思いますが、 eː ʔuɴ kutu hwanaʃi ʃiːneːtija naː nama-nu warantʃaː-taː tʃaːʃiɴ ʔuri wakai-ja saɴrari ʔumuibiːʃiga, えー ^うん くとぅ ふぁなし しーねーてぃや なー なま-ぬ わらんちゃー-たー ちゃーしん ^うり わかい-や さんらり ^うむいびーしが,
あったという 話しだけは もう 事実の んー、 話し、もう 瀬底島でも ずっと もう 伝えて きている 話し えー です。 ʔataɴ-runu hwanaʃiː-rakeja naː dʒitʃu-nu ɴː hwanaʃiː na ʃiːkudʒima-jatin dzutto naː tsutae kirattiɴ hwanaʃiː(jeː) jeːbiɴ. ^あたん-るぬ ふぁなしー-らけや なー ぢちゅ-ぬ んー ふぁなしー な しーくぢま-やてぃん づっと なー つたえ きらってぃん ふぁなしー(いぇー) いぇーびん.