沖縄県本部町瀬底方言の自然談話

共通語 方言(音声記号) 方言(かな) 音声
瀬底島の 祈願事は もう 国開き いー しなさった 家族(が) 7家族 だったから なのだろうか、 もう 7御嶽といって 根所と んー ノロ殿内、マチバタ山、ティンティーク、アンチウグァン、それから 西の御嶽、前の御嶽で 7御嶽から なって 年中の もう 祈願事は しておりますが、 ʃiːkudʒima-nu ʔugammeː-gutu-ja na kunihiraki jiː ʃimimiʃeːnu kineː nanakineː-nu jatatu-ga jeːbiːtara naː nanaʔutaki ritʃi niːdukuːru-tu eː nururuntʃi matʃibataːjama, tintiːku, ʔantʃiʔugwaɴ ʔurihara ʔiriːnuʔutaːki, meːnuʔutaːkitʃi nanaʔutaki-kara nati, nindʒuː-nu naː ʔugammeː-gutuja soːibiːʃiga. しーくぢま-ぬ ^うがんめー-ぐとぅ-や な くにひらき いぃー しみみしぇーぬ きねー ななきねー-ぬ やたとぅ-が いぇーびーたら なー なな^うたき りち にーどぅくーる-とぅ えー ぬるるんち まちばたーやま, てぃんてぃーく, ^あんち^うぐゎん ^うりはら ^いりーぬ^うたーき, めーぬ^うたーきち なな^うたき-から なてぃ, にんぢゅー-ぬ なー ^うがんめー-ぐとぅや そーいびーしが.
根所(と) 言う ところは もう 瀬底の 村開き しなさった うちの 一番 上の んー 方であったらしい ようです。 niːrukuːba ʔjun tukuma-ja naː ʃiːku-nu murabiraki ʃiː-misoːtʃeːnu ʔutʃi-nu ʔitʃibaɴ ʔui-nu ɴː katajateːʃeɴ-huːdʒi jeːbiɴ. にーるくーば ^ゆん とぅくま-や なー しーく-ぬ むらびらき しー-みそーちぇーぬ ^うち-ぬ ^いちばん ^うい-ぬ んー かたやてーしぇん-ふーぢ いぇーびん.
家の名は 今も ウフジュクと いっておりますが、そこの んー 根所の 御願(が)、大きな御願(が) 年に 2回、 個人の 御願が 2回、 それから 御願が あるたびに 根所は 御願が はじまってから なにもかも 御願事(が) できるが。 jaːn-naː-ja nama-ɴ ʔuhudʒuku-ritʃi ʔitʃoːbiːʃiga ʔumanu ɴː niː-dukuru-nu ʔugwan-nu ʔuhu-ʔugwaɴ, nin-ni takkeː, watakiʃi-ʔugwannu takkeː, ʔuri-kara ʔugwan-nu ʔaru-haːdʒi niːrukuː-ma-ja ʔugwaɴ hwadʒimati-kara-ru nuɴ-kuinu ʔugwaɴ-gutu naibiːʃiga. やーん-なー-や なま-ん ^うふぢゅく-りち ^いちょーびーしが ^うまぬ んー にー-どぅくる-ぬ ^うぐゎん-ぬ ^うふ-^うぐゎん, にん-に たっけー, わたきし-^うぐゎんぬ たっけー, ^うり-から ^うぐゎん-ぬ ^ある-はーぢ にーるくー-ま-や ^うぐゎん ふぁぢまてぃ-から-る ぬん-くいぬ ^うぐゎん-ぐとぅ ないびーしが.
もう 御願に 多く んー 大きな御願と いうのは もう 今さっき 話8を) した 大きな御願が 年に 2回。 naː ʔugwan-neː ʔuhoːku wuː magi-ʔugwaɴ rjuːʃi-ja naː ʔnama-saki hwanaʃi hitʃaːnu ʔuhu-ʔugwan-nu nindʒuː takkeː, なー ^うぐゎん-ねー ^うほーく うぅー まぎ-^うぐゎん りゅーし-や なー ^なま-さき ふぁなし ひちゃーぬ ^うふ-^うぐゎん-ぬ にんぢゅー たっけー,
それは 夏と 冬と あるが、 それから 個人の御願、 ʔuri-ja natʃi-tu huju-tu ʔaibiːʃiga suri-kara watakuʃi-ʔugwaɴ. ^うり-や なち-とぅ ふゆ-とぅ ^あいびーしが すり-から わたくし-^うぐゎん.
それから シカーサニ、 ハンブトーキ、 もう ウフユミシヌグイ、 (と)いう ところから 根所家で あー 年中(あー)の 行事は 行いますが、 ʔuri-hara ʃikaːsani, hambutoːki, na ʔuhujumi-ʃinugui ʔjuːnu tukumaː-ra niːrukuma-jaː-nti aː nindʒuː(-ʔa)-nu gjoːdʒi-ja ʔukunaibiʃiga. ^うり-はら しかーさに, はんぶとーき, な ^うふゆみ-しぬぐい ^ゆーぬ とぅくまー-ら にーるくま-やー-んてぃ あー にんぢゅー(-^あ)-ぬ ぎょーぢ-や ^うくないびしが.
それから もう のろ殿内(を) する ところは もう 島の んー 瀬底島の 根所と(して) 昔から もう そこは えー 氏神様といって 祭って もう 年中行事も いつも そこから 始まって 祈願は しております。 ʔuri-kara naː nururuntʃi suɴ tukumaː-ja naː ʃimaː-nu ɴː ʃiːkudʒima-nu niːrukuːmaː-tʃi mukaʃi-kara naː ʔumaja eː ʔudʒigamisama-ritʃi matʃuti naː nendʒu:gjoːdʒi-n tʃaː ʔuma-kara-ru hwadʒimati ʔugwammeːja soːbiɴ. ^うり-から なー ぬるるんち すん とぅくまー-や なー しまー-ぬ んー しーくぢま-ぬ にーるくーまー-ち むかし-から なー ^うまや えー ^うぢがみさま-りち まちゅてぃ なー ねんぢゅ:ぎょーぢ-ん ちゃー ^うま-から-る ふぁぢまてぃ ^うぐゎんめーや そーびん.
えー この 祈願(を) する時の 一つの うー 願いは とにかく もう 一ヵ年ごとの 世の願い 世果報願い、 また あー 国の子の 健康 願い えー していますが、 ne kunu ʔugammeː suːnu-baː-nu hitiːtʃi-nu ʔuː niŋgwaɴ-ja tunikaku ʔnaː ʔikkanen-naː-nu juː-niːgeː jugahu-nigeː mata aː kuniɴ-gwa-nu keŋkoː-nu ʔunigeː eː soːbiːʃiga, ね くぬ ^うがんめー すーぬ-ばー-ぬ ひてぃーち-ぬ ^うー にんぐゎん-や とぅにかく ^なー ^いっかねん-なー-ぬ ゆー-にーげー ゆがふ-にげー また あー くにん-ぐゎ-ぬ けんこー-ぬ ^うにげー えー そーびーしが,
えー 変わった ところは アンチ御嶽(を) する ところは あそこは 島の アンチ浜と いうのは 昔から 渡し船(が) 渡る ところですから この 渡しの 安全を 祈願するために その アンチ御願というのは できて もう 毎年 ここ(は) 大きな御願の時に えー 祈願は しますが。 eː kawatta tukumaː-ja ʔantʃi-ʔutaːki sun tukumaː-ja ʔama-ja ʃimaː-nu ʔantʃi-bamaː rjuːʃeː mukaʃi-kara watasaː watain tukumaː-ru jeːbiːtu kunu keːsoː-nu ʔandʒeɴ-kigaɴ sun tamineː kunu ʔantʃiʔugwaɴ rjuːʃeː rikiːti naː meːniɴ kumaja ʔuhu-ʔugwa-nu-baːneː eː ʔugammeː saːbiːʃiga. えー かわった とぅくまー-や ^あんち-^うたーき すん とぅくまー-や ^あま-や しまー-ぬ ^あんち-ばまー りゅーしぇー むかし-から わたさー わたいん とぅくまー-る いぇーびーとぅ くぬ けーそー-ぬ ^あんぢぇん-きがん すん たみねー くぬ ^あんち^うぐゎん りゅーしぇー りきーてぃ なー めーにん くまや ^うふ-^うぐゎ-ぬ-ばーねー えー ^うがんめー さーびーしが.
えー もう 海上の 安全、 ここの 浜崎(と) 瀬底(を) 渡ったり する 人の 渡しの 安全の 神様として 昔から あー 祭られているらしい よう です。 eː naː kaidʒoː-nu ʔandʒeɴ, kumaː-nu hamasaki ʃiːku ʔutʃiwatati suːnu tʃuː-nu keːsoː-nu ʔandʒe-nu kamisama-tutʃi mukaʃi-kara aː matʃirattoːi-giʃeɴ huːdʒi jeːbiɴ. えー なー かいぢょー-ぬ ^あんぢぇん, くまー-ぬ はまさき しーく ^うちわたてぃ すーぬ ちゅー-ぬ けーそー-ぬ ^あんぢぇ-ぬ かみさま-とぅち むかし-から あー まちらっとーい-ぎしぇん ふーぢ いぇーびん.
それから 西の 御嶽、 する ところは、 あそこは もう あー 毎年の 祈願(事)は 一ヵ年(に) 大きな御願が 2回 あるはず だが、 ʔuri-kara ʔiri-nu ʔutaːki sun tukumaː-ja ʔamaː naː aː meːnin-nu ʔugammeː-ja ʔikkaneɴ ʔuhu-ʔugwaɴ-nu takkeː-ru ʔaipadʒi jeʃiga. ^うり-から ^いり-ぬ ^うたーき すん とぅくまー-や ^あまー なー あー めーにん-ぬ ^うがんめー-や ^いっかねん ^うふ-^うぐゎん-ぬ たっけー-る ^あいぱぢ いぇしが.
あそこは 昔の 人の 話(を) 聞いて みますと、 ノロが あそこで 世(を) 終わりなさったらしい。 ʔama-ja mukaʃi-n tʃu-nu hwanaʃiː-ɴ hitʃi-ɴ sabiːneːtija nuruganaʃiː-nu ʔama-neː juː ʔuwaimisoːtʃantʃi ^あま-や むかし-ん ちゅ-ぬ ふぁなしー-ん ひち-ん さびーねーてぃや ぬるがなしー-ぬ ^あま-ねー ゆー ^うわいみそーちゃんち
その 世(を) 終わりなさった ところに 今でも 祭って いろいろ もう ʔunu juː ʔuwaimiʃeːnu tukumaː-niː nama jatim matʃuti ʔiruʔiru naː ^うぬ ゆー ^うわいみしぇーぬ とぅくまー-にー なま やてぃん まちゅてぃ ^いる^いる なー
あー (このノロ) この ノロは もう 大変な 神まさりの 人(に) なりな(さって) aː (kununuru) ʔunu nuru-ja ʔnaː deːdʒina kamimasai-nu tʃuː naimisotʃi あー (くぬぬる) ^うぬ ぬる-や ^なー でーぢな かみまさい-ぬ ちゅー ないみそち
そこで 世を 終わりなさったから そこに そのまま 葬儀 して、 今 もう 祈願も していますが、 ʔama-neːti juː ʔuwaimisoːtʃaːtu ʔama-neː tʃaːmaː hoːmuigata hitʃi nama naː ʔugammeːɴ soːbiːʃiga ^あま-ねーてぃ ゆー ^うわいみそーちゃーとぅ ^あま-ねー ちゃーまー ほーむいがた ひち なま なー ^うがんめーん そーびーしが
前の御嶽は そこは 一つの うー あのような 神様、 ノロ 神様は …… meːʔutakija ʔamaː-ja tiːtʃinu uː ʔaɴʃinu kamisama nuːruː kamisama-ja ××…… めー^うたきや ^あまー-や てぃーちぬ うー ^あんしぬ かみさま ぬーるー かみさま-や ××……
ただ 御嶽 として ここに もう 国守り神 といって えー もう あそこに 祭ること(に) えー していますが、 tara ʔutaki tuhitʃi ʔmaneː ʔnaː kunimamui-gami ritʃi eː naː ʔamaneː matsurigata eː hitʃoibiːʃiga. たら ^うたき とぅひち ^まねー ^なー くにまむい-がみ りち えー なー ^あまねー まつりがた えー ひちょいびーしが.
ここは 一ヵ年 大きな御願が 2回の んー 祈願 です。 kuma ʔikkaneɴ ʔuhu ʔugwaɴ-nu takkeː-nu ɴː ʔugwaɴ jeːbiɴ. くま ^いっかねん ^うふ ^うぐゎん-ぬ たっけー-ぬ んー ^うぐゎん いぇーびん.
それで 瀬底島は もう 国開き(を) してから 480年ぐらい なる。 ʔaɴsaːi ʃiːkudʒimaja ʔnaː kunibiraki hitʃi-kara joɴhjakuhatʃidʒuː-neɴ-bakaː naiɴ. ^あんさーい しーくぢまや ^なー くにびらき ひち-から よんひゃくはちぢゅー-ねん-ばかー ないん.
本部でも 古い うち ではないだろうか。 mutubu-neːtiɴ huruʃeɴ ʔutʃi-ru …jeraɴʃiga. むとぅぶ-ねーてぃん ふるしぇん ^うち-る …いぇらんしが.
公儀ノロ といって 昔 えー 公儀ノロと いえば もう 御神人で ノロでも もう 一番 上の ノロだった らしい よう ですが。 kuːdʒinuru ritʃi mukaʃi eː kuːdʒinururi ʔimeɴʃeː naː ʔukamin-tʃu-neː nuru-neːtin naː ʔitʃibaɴ ʔuinu nuru jateːgiʃeɴ huːdʒi jeːbiːʃiga. くーぢぬる りち むかし えー くーぢぬるり ^いめんしぇー なー ^うかみん-ちゅ-ねー ぬる-ねーてぃん なー ^いちばん ^ういぬ ぬる やてーぎしぇん ふーぢ いぇーびーしが.
一地域 もう この 公儀ノロ(が) 今でも えー もう 公儀ノロが 7御嶽の 祈願は また あの 祈りをおこなっています。 ʔitʃitʃiːkiː naː kono kuːdʒinurusaːi nama-jatiɴ eː na kuːdʒinuru-nu nana ʔutakinu ʔugammeː-ja mata ʔanu ʔusagitoːbiɴ. ^いちちーきー なー この くーぢぬるさーい なま-やてぃん えー な くーぢぬる-ぬ なな ^うたきぬ ^うがんめー-や また ^あぬ ^うさぎとーびん.
えー もう一つ 話し(を) しますのは その 祈願事に もう ウフシニゲー といって えー いらっしゃるが、 そこは 瀬底に 起ちなさった 7家族の うちの 一番 上位の 先祖の その 子孫から 毎年毎年 もう 世継ぎ(を) して ウフシニヘー(となり)、 uː naːtiːtʃiɴ hwanaʃiː saːbiʃija ʔunu ʔugammeː-gutunu ʔna ʔuhuʃinigeːtʃi jeː meɴʃeːʃija ʔuma-ja ʃiːku-ganti tatʃimisoːtʃanu nana-kineːnu ʔutʃinu ʔitʃibaɴ ʔui reːnu hwaːhudʒi-nu ʔunu ʃisoɴ-kara meːnim-meːnin naː kunu juːtʃidʒiːtʃi ʔuhuʃiniheː. うー なーてぃーちん ふぁなしー さーびしや ^うぬ ^うがんめー-ぐとぅぬ ^な ^うふしにげーち いぇー めんしぇーしや ^うま-や しーく-がんてぃ たちみそーちゃぬ なな-きねーぬ ^うちぬ ^いちばん ^うい れーぬ ふぁーふぢ-ぬ ^うぬ しそん-から めーにん-めーにん なー くぬ ゆーちぢーち ^うふしにへー.
その ウフシニヘー(が) 公儀ノロ(で)、 それから 御神人、女の御神、 男の女神 といって なんにもかも いらっしゃるが。 ʔunu ʔuhuʃiniheːru eː kuːdʒinuru, suri-kara ʔukamin inaːgu-gami ikiga-gami ritʃi nuŋkui meɴʃeːʃiga ^うぬ ^うふしにへーる えー くーぢぬる, すり-から ^うかみん いなーぐ-がみ いきが-がみ りち ぬんくい めんしぇーしが
そこで もう この ウフシニヘーは もう 世継ぎ(世襲制)で、ノロは 今は 世継ぎ 上がり(世襲制)(に) なっていますが あそこの 子や孫が また 出るように んー なっています。 kuri ʔanu ʔaɴsaːi ʔnaː kunu ʔuhuʃiniheːja ʔnaː juːtʃigi nuːru-ja ʔnama-ja juːtʃigiʃiː ʔagaːri sabiːʃiga ʔama-nu kwa-ʔumaganu mata ʔidʒiɴ-gutu ɴː natoːbiɴ. くり ^あぬ ^あんさーい ^なー くぬ ^うふしにへーや ^なー ゆーちぎ ぬーる-や ^なま-や ゆーちぎしー ^あがーり さびーしが ^あま-ぬ くゎ-^うまがぬ また ^いぢん-ぐとぅ んー なとーびん.
えー 他には あまり ない 祭り事 ではありますが、それは 7月(の) 大概 18日 ぐらいから 始まって 大概 3日間 御願が ありますが、それは ウフユミシヌグイ といって、もう 言わば また あの ハンブトーキと(いって) する、 それですが、 この ハンブトーキ というの(を) どのように するかと 言いますと、もう 男神が 8人 いらっしゃるが、 eː hukaːneː-ja duku neːranu matʃuri-gutu jeːjasabiːʃiga ʔuri-ja hitʃigwatʃu teːgeː dʒuːhatʃinitʃi-bakeː-hara hwadʒimati teːgeː sannitʃi-kaɴ ʔugami ʔaibiːʃiga ʔuri-ja ʔuhujumi-ʃinugui ritʃi ʔnaː ʔiːbaja mata ʔanu hambutoːki-ri suːnu urujeːʃiga kuri hambutoːkiri tʃanu-huːdʒi suːga-ri juːʃija ʔna iŋkiga-gamiːnu hatʃinim meɴseːʃiga. えー ふかーねー-や どぅく ねーらぬ まちゅり-ぐとぅ いぇーやさびーしが ^うり-や ひちぐゎちゅ てーげー ぢゅーはちにち-ばけー-はら ふぁぢまてぃ てーげー さんにち-かん ^うがみ ^あいびーしが ^うり-や ^うふゆみ-しぬぐい りち ^なー ^いーばや また ^あぬ はんぶとーき-り すーぬ うるいぇーしが くり はんぶとーきり ちゃぬ-ふーぢ すーが-り ゆーしや ^な いんきが-がみーぬ はちにん めんせーしが.
その 人たちが 家家(を) まわりなさって、衣装、 白い 衣装(を) 集めて 冠は また 白の 白 冠(を) かぶって 家家(を) まわって、 ʔunu tʃuː-taː-ga jaː-jaː migui-misotʃi ʔiʃoː ʃiru ʔiʃoː hakiː ti, kammuri-ja mata ʃiruː ʃiru kammuri kanti jaː-jaː miguti, ^うぬ ちゅー-たー-が やー-やー みぐい-みそち ^いしょー しる ^いしょー はきー てぃ, かんむり-や また しるー しる かんむり かんてぃ やー-やー みぐてぃ,
もう それは きっと 一つの 祈祷という 話しも 聞いて いますが、もう 悪風払い、悪風払い といって その 一家の その 家族の 一ヵ年間の んー もう 厄払い する人達の 理由 らしいとの んー ことです。 naː ʔuri kittu tiːti-nu kitoː rinu hwanaʃiː-ɴ hitʃoːibiːʃiga naː ʔaku-huːgeː-barai ʔaku-huː-barai ritʃi ʔunu ʔikkanu ʔunu kineː-nu ʔikkaneɴ-kan-nu ɴː naː jakuː-hairinu suntʃaːnu tʃimujeː giʃeːnu ɴː kutu-jeː. なー ^うり きっとぅ てぃーてぃ-ぬ きとー りぬ ふぁなしー-ん ひちょーいびーしが なー ^あく-ふーげー-ばらい ^あく-ふー-ばらい りち ^うぬ ^いっかぬ ^うぬ きねー-ぬ ^いっかねん-かん-ぬ んー なー やくー-はいりぬ すんちゃーぬ ちむいぇー ぎしぇーぬ んー くとぅ-いぇー.
もう 太鼓(を) もって、 小太鼓(を) もって 家(を) まわって 「ホー ホー ホンジャク ホーイ」 といって そのように もう 2回ぐらい 叫んで もう お払い しますが、 naː teːku muttʃi kureːku-gwaː muttʃi jaː miguːti ”hoː hoː hondʒeːku hoːi” ʔunu huːdʒi-nu naː takkeː-bakaː ʔabiːti naː ʔoharai saːbiːʃiga. なー てーく むっち くれーく-ぐゎー むっち やー みぐーてぃ ”ほー ほー ほんぢぇーく ほーい” ^うぬ ふーぢ-ぬ なー たっけー-ばかー ^あびーてぃ なー ^おはらい さーびーしが.
これは 他には あまり ない んー これは 御願持ち です。 kuri-ja hukaː-neɴ duku neːnu ɴː kuri-ja ʔugwam-mutʃi jeːbiɴ. くり-や ふかー-ねん どぅく ねーぬ んー くり-や ^うぐゎん-むち いぇーびん.
えー 大概 それ ぐらい もう 瀬底の うー 御神事、 年中の 行事事も ありますが eː teːgeː ʔunu ʔatai-ru naː ʃiːkudʒima-nu ʔuː ʔukami-gutu nindʒu-nu gjoːdʒi-gutuɴ ʔaibiːʃiga えー てーげー ^うぬ ^あたい-る なー しーくぢま-ぬ ^うー ^うかみ-ぐとぅ にんぢゅ-ぬ ぎょーぢ-ぐとぅん ^あいびーしが
また もう一つは ウユミシヌグの時、 それも 7月18日、 旧暦のですよ、 7月18日 頃(ですが)、 mata naːtiːtʃi-ja ʔuhujumi-ʃinugunu-baː ʔuri-ɴ hitʃigwatsu-nu dʒuːhatʃinitʃi, kjuː-nu reːbin-doː, hitʃigwatʃi-dʒuːhatʃinitʃi guro. また なーてぃーち-や ^うふゆみ-しぬぐぬ-ばー ^うり-ん ひちぐゎつ-ぬ ぢゅーはちにち, きゅー-ぬ れーびん-どー, ひちぐゎち-ぢゅーはちにち ぐろ.
女の神様が また その 人達も 衣装を かけなさって、 馬乗り といって えー 馬に 乗りなさって、 jinagu-gami mata ʔun tʃuː-taː ʔiʃoː hitʃimisoːtʃi, ʔumanui ritʃi eː ʔmaː nui misoːtʃi, いぃなぐ-がみ また ^うん ちゅー-たー ^いしょー ひちみそーち, ^うまぬい りち えー ^まー ぬい みそーち,
それで 弓を 持って もう あのー しての 祈願事(が) ありますが、 ʔaɴsaːi jumiː muttʃi naː ʔanuː hitʃi-nu ʔugammeː ʔaibiːʃiga. ^あんさーい ゆみー むっち なー ^あぬー ひち-ぬ ^うがんめー ^あいびーしが.
もう 昔は あのような こと(を) しましたが、 今は もう 馬乗りとか といって することは できません。 naː mukaʃi-ja ʔaɴʃiɴ kutuː saːbiʃeː nama-ja naː ʔuman-nuituka ritʃi nai eː ʃi-misoːraɴ. なー むかし-や ^あんしん くとぅー さーびしぇー なま-や なー ^うまん-ぬいとぅか りち ない えー し-みそーらん.
ただ もう ウチマンモーという ところで 集まって もう あの 世果報願い(を) 村中の 人の 健康 願い、 えー (して) していますが、 tada naː ʔutʃimammoːtun tukuma-neːti ʔatʃimatʃi naː ʔanu juː-nigeː mura-dʒuːn tʃuː-nu karaːta nigeː jeː hitʃi soibiːʃiga. ただ なー ^うちまんもーとぅん とぅくま-ねーてぃ ^あちまち なー ^あぬ ゆー-にげー むら-ぢゅーん ちゅー-ぬ からーた にげー いぇー ひち そいびーしが.
もう 昔は もう なにを するにも 御神事、 今でも もう 御神事、 naː mukaʃi-ja naː nuː ʃiːbaɴ ʔukami-gutu nama-jatin naː ʔukami-gutu, なー むかし-や なー ぬー しーばん ^うかみ-ぐとぅ なま-やてぃん なー ^うかみ-ぐとぅ,
また みんな よく 信仰 していて えー 年年 回る 御神事も もう 立派に んー しあげて、 字民でも しているように(慣習で) していますが。 mata muru juː ʃiŋkoː hitʃuːti eː nin-niɴ maːrunu ʔugami-gutun naː rippaɴ ɴː ʃiʔagiti, ʔadʒamiɴ jatiɴ hjoːmiti ɴː soibiːʃiga. また むる ゆー しんこー ひちゅーてぃ えー にん-にん まーるぬ ^うがみ-ぐとぅん なー りっぱん んー し^あぎてぃ, ^あぢゃみん やてぃん ひょーみてぃ んー そいびーしが.
もう これも 昔は また その 御願持ち といって んー 綱引きも あれば もう 踊り、 村踊りも ありますが、 naː kurim mukaʃi-ja mata ʔunu ʔugam-mutʃi ritʃi ɴː tʃinahiki-ɴ ʔariba naː wuːrui mura-wuːrui-nuɴ ʔaibiːʃiga, なー くりん むかし-や また ^うぬ ^うがん-むち りち んー ちなひき-ん ^ありば なー うぅーるい むら-うぅーるい-ぬん ^あいびーしが,
その 村踊りは えー 昔の人が 話し(を) しますには 毎年 (していたらしい よう ですが) していたらしい よう ですが。 ʔuri mura-wuːrui-ja eː mukaʃi-n-tʃu-nu hwanaʃiː saːbiːneːteː meːniɴ (soːteɴ-giʃeɴ huːdʒi jeːbiːʃiga, eː )suːteːgiʃeɴ huːdʒi jeːbiːʃiga ^うり むら-うぅーるい-や えー むかし-ん-ちゅ-ぬ ふぁなしー さーびーねーてー めーにん (そーてん-ぎしぇん ふーぢ いぇーびーしが, えー )すーてーぎしぇん ふーぢ いぇーびーしが
それ(を) 毎年 していては ならない (といって)、 ʔuri meːniɴ hitʃi-ja naraɴ (ritʃi), ^うり めーにん ひち-や ならん (りち),
瀬底島(に) もう 米寿(を) しなさる 人が んー いらっしゃる時は もう 村踊り えー して また 米寿(を) する 人が いらっしゃらない時は もう やめて 大概 そのように して 決めて もう もう 村御願、村遊びも していたらしい よう ですが。 ʃiːkudʒima naː toːkatʃi ʃiːmiʃen tʃuː-nu ɴː meɴʃeːm-baː-ja naː mura-wuːrui eː hitʃi, mata toːkatʃi suːn tʃuː meɴsoːram-baː-ja naː ʃimaːtʃi teːgeː ʔunu huːdʒiːtʃi kimiːti naː muraːwa- mura-ʔaʃibiɴ soːteː-giʃeɴ huːdʒi jeːbiːʃiga. しーくぢま なー とーかち しーみしぇん ちゅー-ぬ んー めんしぇーん-ばー-や なー むら-うぅーるい えー ひち, また とーかち すーん ちゅー めんそーらん-ばー-や なー しまーち てーげー ^うぬ ふーぢーち きみーてぃ なー むらーわ- むら-^あしびん そーてー-ぎしぇん ふーぢ いぇーびーしが.
その 踊り番(に) 当たる時に 踊り(を) する ところは いまさき 話(を) しました 根ところの ウフジュク(を) する ところの そこの 上に 遊び広場が ありますが、 ʔunu wuːrui-maːru ʔataim-baː-nu wuːrui kun tukumaː-ja namasaki hwanaʃi saːbiːtanu nirukuːma-nu ʔuhudʒuku sun tukumaː-nu maː ʔuineː ʔaʃiːboː-nu ʔaibiːʃiga, ^うぬ うぅーるい-まーる ^あたいん-ばー-ぬ うぅーるい くん とぅくまー-や なまさき ふぁなし さーびーたぬ にるくーま-ぬ ^うふぢゅく すん とぅくまー-ぬ まー ^ういねー ^あしーぼー-ぬ ^あいびーしが,
あそに いて 旧暦の 8月の 9日から あー 8月の 11日、8月の 13日、 8月 14日、 それだけは もう 御願持ち もう 村遊びと ʔama wutuːti kjuː-nu hwatʃigwatʃi-nu kunitʃi-kara aː hwatʃi-gwatʃi-nu dʒuːʔitʃi-nitʃi hwatʃi-gwatʃi-nu dʒuːsan-nitʃi hatʃi-gwatʃi dʒuːjukka, ʔussaː-ja naː ʔugam-mutʃi naː mura-ʔaʃibiri ^あま うぅとぅーてぃ きゅー-ぬ ふぁちぐゎち-ぬ くにち-から あー ふぁち-ぐゎち-ぬ ぢゅー^いち-にち ふぁち-ぐゎち-ぬ ぢゅーさん-にち はち-ぐゎち ぢゅーゆっか, ^うっさー-や なー ^うがん-むち なー むら-^あしびり
もう 村遊びと いうよりは もう 神様に 対する もう 御願持ち、 世果報願いの 遊び もう 踊り(を) して (それらのことがおこなわれていることの)話が されている。 naː mura-ʔaʃibi-ri ʔjuːʃi-joːkan naː kamisama-neː taisuru na ʔugam-mutʃi, juː-nigeː-nu ʔaʃiːbi naː wuːrui hitʃi hwanaʃiː sattoːibiɴsai. なー むら-^あしび-り ^ゆーし-よーかん なー かみさま-ねー たいする な ^うがん-むち, ゆー-にげー-ぬ ^あしーび なー うぅーるい ひち ふぁなしー さっとーいびんさい.
もう 瀬底島は 昔から そのような 遊びが あったから もう 組踊りが たくさん ありましたが、 えー 大川敵打ちとか あるいは また あの フシヤマとか あるいは 手水の縁とか いった 昔からの 言い伝えられている ところの 組踊り。 naː ʃiːkudʒima-ja mukaʃi-kara ʔaɴʃinu ʔaʃiːbi-nu ʔaibiːteː-kutu naː kumi-wuːrui-nu tʃassaːɴ ʔaibiːʃiga eː ʔuːkawatiki-ʔutʃi-tuka ʔarui-ja mata ʔanoː huʃijama-tuka ʔarui-ja timidʒi-nu-jin-tuka ritʃi-nu mukaʃi-hara-nu ʔiːtʃitawareːttinu tukumaːɴ kumi-wuːrui. なー しーくぢま-や むかし-から ^あんしぬ ^あしーび-ぬ ^あいびーてー-くとぅ なー くみ-うぅーるい-ぬ ちゃっさーん ^あいびーしが えー ^うーかわてぃき-^うち-とぅか ^あるい-や また ^あのー ふしやま-とぅか ^あるい-や てぃみぢ-ぬ-いぃん-とぅか りち-ぬ むかし-はら-ぬ ^いーちたわれーってぃぬ とぅくまーん くみ-うぅーるい.
それから 手踊り、 なにもかも もう 他には ない ところの んー 踊りものが できている。 ʔurikara tiwuːrui, nuŋkui naː huka-neː neːnu tukuma-nu ɴː wuːrui-muɴ rikitoːmbiɴ. ^うりから てぃうぅーるい, ぬんくい なー ふか-ねー ねーぬ とぅくま-ぬ んー うぅーるい-むん りきとーんびん.
えー 綱引きは これは もう 戦後 2回ぐらいは 綱引き(を) しましたが、綱引きは 瀬底島の うー 前の方と 後の方と(を) 分けて、8月の 11日に えー 島の 中道(は)、 する ところに おいて もう あの 綱引き といって、 eː tʃinahiki-ja kuri-ja naː ʃeŋgo nikai-bakaː-ja aː tʃinahiki sabitaʃiga tʃinahiki-ja ʃiːkudʒima-nu ʔuː meːhoː-tu huʃiɴhoː-tu wakiːti hwatʃigwatʃi-nu dʒuːʔitʃinitʃi-neː eː ʃimaː-nu naha-mitʃi suːn tukumaː wutoːti naː ʔanuː tʃinahiki ritʃi, えー ちなひき-や くり-や なー しぇんご にかい-ばかー-や あー ちなひき さびたしが ちなひき-や しーくぢま-ぬ ^うー めーほー-とぅ ふしんほー-とぅ わきーてぃ ふぁちぐゎち-ぬ ぢゅー^いちにち-ねー えー しまー-ぬ なは-みち すーん とぅくまー うぅとーてぃ なー ^あぬー ちなひき りち,
それは 一日御願持ち といって もう 前の方(も) 後の方(も) 朝から 道を練歩く。 ʔuri pittʃiː-ʔugwammutʃi ritʃi naː meːhoː huʃihoː hitimiti-kara mitʃi-dʒineː. ^うり ぴっちー-^うぐゎんむち りち なー めーほー ふしほー ひてぃみてぃ-から みち-ぢねー.
それから 押し合い競争、それから 肩車競争 そのように して もう 最後には 綱(を) 引いて ʔuri-kara ʃiːke ʔuri-kara dʒurugwaː-ʔagijeː,ʔunu huːdʒi hitʃi naː saigo-neː-ja tʃinaː hitʃi. ^うり-から しーけ ^うり-から ぢゅるぐゎー-^あぎいぇー,^うぬ ふーぢ ひち なー さいご-ねー-や ちなー ひち.
えー また ウチマンモー、するところで 相撲(を) とって 夜が 明けるまで eː mata ʔutʃimammoː sun tukumaː-neːti ʃimaː tuti juː-ʔakiruːʃiː えー また ^うちまんもー すん とぅくまー-ねーてぃ しまー とぅてぃ ゆー-^あきるーしー
もう この 一日は 御願持ちの 綱引きも もう 神様へ もう あの ささげると いう 行事。 naː kunu pittʃiːja ʔugam-mutʃi-nu tʃinahikin naː kamisamaɴ-kai naː ʔanu ʔusagiɴ-ri ʔjuːnu gjoːdʒi. なー くぬ ぴっちーや ^うがん-むち-ぬ ちなひきん なー かみさまん-かい なー ^あぬ ^うさぎん-り ^ゆーぬ ぎょーぢ.
それ(は) もう 瀬底島の 昔から 伝わっている んー 行事の、大きい うちに(はいり) もう 踊りと 村踊り遊び、 綱引きは 今までも 伝わって んー 現在に 今に なっている。 ʔuri naː ʃiːkudʒima-nu mukaʃi-kara tʃitawatiːnu ɴː gjoːdʒi-nu magiː-nu ʔutʃin-gati naː wuːrui-tu mura-wuːrui-ʔaʃibi tʃinahiki-ja nama-mariː-n tʃitawati ɴː gendʒai-ni nama natoːbiɴ. ^うり なー しーくぢま-ぬ むかし-から ちたわてぃーぬ んー ぎょーぢ-ぬ まぎー-ぬ ^うちん-がてぃ なー うぅーるい-とぅ むら-うぅーるい-^あしび ちなひき-や なま-まりー-ん ちたわてぃ んー げんぢゃい-に なま なとーびん.