沖縄県本部町瀬底方言の自然談話

共通語 方言(音声記号) 方言(かな) 音声
瀬底島の 国開きは 昔の 年寄りたちからの 話し(を) 聞いてみますと、 ʃiːkudʒimanu kunibirakija mukaʃinu tuʃintʃakaranu hwanaʃiː kitʃi miruɴ saːbireɴ, しーくぢまぬ くにびらきや むかしぬ とぅしんちゃからぬ ふぁなしー きち みるん さーびれん,
だいたい 四百八十年ばかり なっている 話し です。 teːgeː joɴhjakuhatʃizuːnimbakaː natuɴ hwanaʃiː jeːbiɴ. てーげー よんひゃくはちずーにんばかー なとぅん ふぁなしー いぇーびん.
ところで 初めは 今帰仁から 7軒の 家族が 瀬底へ いらして ʔansaːi hwadʒimija natʃidʒiŋkara nanakineːnu jaːnindʒunu ʃiːkukai ʔmeɴsoːtʃi, ^あんさーい ふぁぢみや なちぢんから ななきねーぬ やーにんぢゅぬ しーくかい ^めんそーち,
島の 一番 高い ウチグシク山 という あの 辺りに 屋敷を もとめて ʃimanu ʔitʃibaɴ takaʃeːnu ʔutʃiguʃikujama runu ʔanuhinneː jaːʃiki mutumiti, しまぬ ^いちばん たかしぇーぬ ^うちぐしくやま るぬ ^あぬひんねー やーしき むとぅみてぃ,
7軒で 瀬底島は はじめて 国開き(を) したようであります。 nanakineːsaːi ʃiːkudʒimaja hadʒimiti kunibiraki ʃitʃeŋgutu ʔaibiɴ. ななきねーさーい しーくぢまや はぢみてぃ くにびらき しちぇんぐとぅ ^あいびん.
そこで 四百八十年間に 人口も 2300人、 戸数も 320戸。 ʔaɴsaːi joɴhjakuhatʃizjuːneŋkanni dʒiŋkoːɴ niʃeɴsambjakuniɴ kineːɴ sambjakunidʒikko. ^あんさーい よんひゃくはちじゅーねんかんに ぢんこーん にしぇんさんびゃくにん きねーん さんびゃくにぢっこ.
今では 本部町でも 一番 大きい 字になっています。 namaja mutubutʃoːneːtiɴ ʔitʃibaɴ magiʃeːnu ʔadzaŋgati natoːbiɴ. なまや むとぅぶちょーねーてぃん ^いちばん まぎしぇーぬ ^あざんがてぃ なとーびん.
え 島の あらまし(を) 話し しましょう。 jeː ʃimanu ʔaramaʃi hwanaʃiː saːwueː, いぇー しまぬ ^あらまし ふぁなしー さーううぇー,
島の まわりは 2里半、 長さが 1里、 ʃimanu mawarija nirihaɴ, nagasanu ʔitʃiri. しまぬ まわりや にりはん, ながさぬ ^いちり.
それで 総坪数は 全部で みんなで ええ 90万坪ということに なっています。 ʔaɴsaːi soːtʃibusuːja dʒembusaːi, murusaːi jeː kjuːzjuːmantʃiburinugutu natoːibiɴ. ^あんさーい そーちぶすーや ぢぇんぶさーい, むるさーい いぇー きゅーじゅーまんちぶりぬぐとぅ なとーいびん.
昔と 暮らしと 今の 暮らし(の) 比べると、 瀬底島は 本当に 湧き水も ない ために 毎年毎年の 暮らしというのは、 芋と 砂糖きび(を) 作って 暮らし(… え) していますが、 mukaʃitu kuraʃitu namanu kuraʃinu (kura)biːneː ʃiːkudʒimaja huntoː wakumidʒiɴ neːraɴ tamineː meːnimmeːninnu kuraːʃiruːʃija ʔumuːtu wudʒiː sukoːti kuraʃigataja (suː ʔeː) suːbiːʃiga, むかしとぅ くらしとぅ なまぬ くらしぬ (くら)びーねー しーくぢまや ふんとー わくみぢん ねーらん たみねー めーにんめーにんぬ くらーしるーしや ^うむーとぅ うぅぢー すこーてぃ くらしがたや (すー ^えー) すーびーしが,
ええ 日照りに あたる 年には 水も ないので 浜崎川(に) 通って もう 水も 汲んで 生活 するくらいだ。 ʔeː ʔpjaineː ʔatai tuʃineːteː midʒiɴ neːranu hamasakigaː hajoːti naː midʒiɴ kuri seːkatsu suːnu ʔatai jeːbitaɴ. ^えー ^ぴゃいねー ^あたい とぅしねーてー みぢん ねーらぬ はまさきがー はよーてぃ なー みぢん くり せーかつ すーぬ ^あたい いぇーびたん.
それで 湧き(水が) なく、 この 水は どのようにして 水(を) 使うかと … ʔaɴsaːi waku neːnu kunu midʒia tʃanuhuːdʒi hitʃi midʒi ʃikeːkajaːtʃi … ^あんさーい わく ねーぬ くぬ みぢあ ちゃぬふーぢ ひち みぢ しけーかやーち …
島の 一番 上の カーヤマーの ところに 貯水池を 掘って、 ʃimaːnu ʔitʃibaɴ ʔuinu kaːjamaːnu tukumaːniː keːgaː hutti しまーぬ ^いちばん ^ういぬ かーやまーぬ とぅくまーにー けーがー ふってぃ
三ヶ所ばかり 貯水池(を) 掘ってますのは それ 流れ 水(を) 集めて この 水(を) 飲んで もう 生活も していましたが。 saŋkaʃobakaː keːgaː hutoːbiːʃija ʔuriː nagaːri midʒi ʔatʃimiti kunu midʒi nuri naː ʃeːkatsuɴ soːbiːtaʃiga, さんかしょばかー けーがー ふとーびーしや ^うりー ながーり みぢ ^あちみてぃ くぬ みぢ ぬり なー しぇーかつん そーびーたしが,
また ここに いわれが あります。 mata kumani ʔiwarinu ʔaibiɴsai. また くまに ^いわりぬ ^あいびんさい.
その カーヤマーの 所は そこには 神様(が) 祀られ ʔunu kaːjamaːnu tukumaːja kumaneːja kamisama matsurari matʃaːgi ^うぬ かーやまーぬ とぅくまーや くまねーや かみさま まつらり まちゃーぎ
その 神様が 水の神様 といって 祀られて kunu kamisamanu midʒiɴ kamisama ritʃi matsurariti くぬ かみさまぬ みぢん かみさま りち まつらりてぃ
この 神様が いらっしゃるから 瀬底の 村人は その 水(を) 飲んでも 何とも(なく) 病気も せず、 生活には とても良いといって。 kunu kamisamanu meɴʃeːtu ʃiːkunu murantʃuːja ʔunu midʒi nuriɴ nuːɴ bjoːkiɴ saɴ seːkatsuneː dʒoːtoːroːtʃi, くぬ かみさまぬ めんしぇーとぅ しーくぬ むらんちゅーや ^うぬ みぢ ぬりん ぬーん びょーきん さん せーかつねー ぢょーとーろーち,
そういう 信仰の、 神(を) 崇める 心で この 水(を) 飲んで 生活も して ええ、 していました。 soː ʔjuː ʃiŋkoːnu kami ʔagamiːnu kukurusaːi kunu midʒi nuri ʃeːkatsuɴ hitʃi jeː soːbiːtaɴ. そー ^ゆー しんこーぬ かみ ^あがみーぬ くくるさーい くぬ みぢ ぬり しぇーかつん ひち いぇー そーびーたん.
ええ 瀬底島は 海が 囲んで 海(で働く)人が 多いと 思うはずですが そうでは ない。 jeː ʃiːkudʒimaja ʔuminu hakumatti ʔumintʃuːga ʔuːʃihararu ʔumuijabiːrahwaʒi jeːbiːʃiga ʔaɴ jeːbiraɴ. いぇー しーくぢまや ^うみぬ はくまってぃ ^うみんちゅーが ^うーしはらる ^うむいやびーらふぁじ いぇーびーしが ^あん いぇーびらん.
畑は もう 40万坪の 畑(が) ありますから 昔から 海(で働く)人というのは いらっしゃらない。 haruja naː jondʒuːmantʃibunu hwaruː ʔaisabiːtu mukaʃikara ʔumintʃuːtʃija ʔmeɴsoːranu. はるや なー よんぢゅーまんちぶぬ ふぁるー ^あいさびーとぅ むかしから ^うみんちゅーちや ^めんそーらぬ.
皆 百姓(を) している。 muru hjakusoːru (soːgutu) soːbiɴ. むる ひゃくそーる (そーぐとぅ) そーびん.
それを 広めています。 ʔuri hjoːmiti soːbiɴ. ^うり ひょーみてぃ そーびん.
それで 作物は 昔は もう 芋。 ʔaɴsaːi sukoimuɴja mukaʃija naː ʔumuː. ^あんさーい すこいむんや むかしや なー ^うむー.
もう 中ごろから きて 砂糖きびも 作って 砂糖(を) 作っているが naː nakagurukara tʃiː wudʒiɴ sukoːti saːtaː ʃikuti hitʃuiʃiga なー なかぐるから ちー うぅぢん すこーてぃ さーたー しくてぃ ひちゅいしが
芋で あってさえも もう 昔と 同じ 芋。 ʔumuː jatanteːtʃaɴja naː mukaʃinu junu ʔumuː. ^うむー やたんてーちゃんや なー むかしぬ ゆぬ ^うむー.
植えるのは ちょうど 小満芒種の(頃の) 4月に 芋(を) 植えれば もう 一カ年間 芋は 植えない。 ʔuiruʃija tʃoːru suːmamboːsuːnu ʃiŋgwatʃineː ʔumuː ʔuiriba naː ʔikkaneŋkaɴ ʔumuː ʔuiranu. ^ういるしや ちょーる すーまんぼーすーぬ しんぐゎちねー ^うむー ^ういりば なー ^いっかねんかん ^うむー ^ういらぬ.
そうして 毎年 毎年 餓死だ. ʔaɴhitʃi meːniɴ meːniɴ gaʃi. ^あんひち めーにん めーにん がし.
もう 食べ物も なく、 水も なく、 もう 食べ物も ない。 ʔnaː keːmunnuɴ neːɴ, midʒiɴ neːnneː naː keːmunuɴ neːɴ. ʔなー けーむんぬん ねーん, みぢん ねーんねー なー けーむぬん ねーん.
そんな くらし方(を) しています。 ʔunu kuraʃikataja aː soːbiɴ. ^うぬ くらしかたや あー そーびん.
それは 昔から どこもかも そうだった(との) 思い(が) しますが、 ʔurija mukaʃikara maːŋkuiɴ ʔaɴjatara ʔumuija sabiːʃiga, ^うりや むかしから まーんくいん ^あんやたら ^うむいや さびーしが,
瀬底島は もう その 芋と … ʃiːkudʒimaja naː hunu ʔumuːtu. しーくぢまや なー ふぬ ^うむーとぅ.
水の ために 米も 作れない。 midʒinu juni kumiɴ tʃukujuːsanu. みぢぬ ゆに くみん ちゅくゆーさぬ.
もう 芋ばかりで もう 生活していますが、 naː ʔumubakaːtʃi naː ʃeikatsu hitʃoːbiːʃiga, なー ^うむばかーち なー しぇいかつ ひちょーびーしが,
ええ、 ぜんぜん 瀬底には、 島には 田は ないが、 eː dʒendʒeɴ ʃiːkuneːja ʃimanija taːja neːraɴʃiga, えー ぢぇんぢぇん しーくねーや しまにや たーや ねーらんしが,
浜崎 その (アンチ) アンチヌ(を) 渡って 手船で 渡って hamadzaki ʔunu (ʔantʃi) ʔantʃinuː wataːti tibuːnisaː wataːti はまざき ^うぬ (^あんち) ^あんちぬー わたーてぃ てぃぶーにさー わたーてぃ
ええ、 田 満名田んぼあたりへ 島の 資産家たちは 田を 所有して いらして 米を いくらか 作って ええ やっておりましたが、 eː taː mannataːbuku kureːŋgati ʃimaːnu ʔeːkintʃutaː taː muttʃi ʔmeɴsoːtʃi kumiː ʔikubuŋka sukoːti eː soːbiːteːʃiga, えー たー まんなたーぶく くれーんがてぃ しまーぬ ^えーきんちゅたー たー むっち ^めんそーち くみー ^いくぶんか すこーてぃ えー そーびーてーしが,
もう 昔の くらしには 芋が 自分たちの 食べ物、 年中の 食べ物(だ)。 naː mukaʃinu kuraʃigataːneːtija ʔumuːru duːnaːnu hwammeː nindʒuːnu hwammeː. なー むかしぬ くらしがたーねーてぃや ^うむーる どぅーなーぬ ふぁんめー にんぢゅーぬ ふぁんめー.
もう 米は もう 気分の悪いとき、 また あれは もう 行事のときと 言うように もう 食べていたようで あります。 naː kumija naː ʔammasarubaː mata ʔarija na hitʃibinubaːri ʔjuːnuguturu naː karuteːnuhuːdʒi jeːbiɴ. なー くみや なー ^あんまさるばー また ^ありや な ひちびぬばーり ^ゆーぬぐとぅる なー かるてーぬふーぢ いぇーびん.
今でも 田は しませんが やっぱり 畑だけに なっています。 namajatiɴ taːja saːbiraɴʃiga jappaʃi hwarubakaː natoibiɴsai. なまやてぃん たーや さーびらんしが やっぱし ふぁるばかー なといびんさい.
ええ ああ 瀬底島は もう 昔から 湧き(水)は ない。 eː ʔaː ʃiːkudʒimaja ʔna mukaʃikara wakuwa neːraɴ. えー ^あー しーくぢまや ^な むかしから わくわ ねーらん.
もう 天水(を) 溜めて ええ 飲んでいましたが naː tiɴʃiːmidʒi tamiːti eː nuroːbitaʃiga. なー てぃんしーみぢ たみーてぃ えー ぬろーびたしが.
去る んー 1963年の もう 半年も 干あがって しまったところ ʔidʒaːnu ʔɴː ʃeŋkjuːhjakurokudʒuːsannennu naː haŋkaninnu pjaːti sabiːtakutu ^いぢゃーぬ ^んー しぇんきゅーひゃくろくぢゅーさんねんぬ なー はんかにんぬ ぴゃーてぃ さびーたくとぅ
人の 国に 水も ないということが あるものかといって tʃuːnu kunineː midʒiɴ neːɴritʃi ʔainnaːritʃi ちゅーぬ くにねー みぢん ねーんりち ^あいんなーりち
もう 字民は 皆 どれ 一つ もう ボーリングでも してもらって naː ʔazamiɴja muru diː tiːtʃija naː boːriŋgujatiɴ ʃimiːti なー ^あざみんや むる でぃー てぃーちや なー ぼーりんぐやてぃん しみーてぃ
政府の 方々に ボーリングでも してもらって 水(の) 求め(要求)を しなければ いけないと いって 話が もう 村の集会でも ありましたところ、 ʃeːhunu katagata boːriŋgureːɴ ʃimiːti midʒi mutumiɴ sanneːtija naraɴʃiga riti hwanaʃinu naː murakwaineːtiɴ ʔati sabiːtagutu しぇーふぬ かたがた ぼーりんぐれーん しみーてぃ みぢ むとぅみん さんねーてぃや ならんしが りてぃ ふぁなしぬ なー むらくゎいねーてぃん ^あてぃ さびーたぐとぅ
そうすると 町長さん、えー、に お願い して もう 63年の 8月ごろ ボーリング しましたところ ʔaɴsaːi tʃoːtʃoːsaɴ eː neː ʔunigeː hitʃi naː rokudʒuːsannennu hwatʃigwatʃiguru boːriŋgu sabitagutu ^あんさーい ちょーちょーさん えー ねー ^うにげー ひち なー ろくぢゅーさんねんぬ ふぁちぐゎちぐる ぼーりんぐ さびたぐとぅ
もう 思いがけなく もう 水が でまして。 na ʔumuigakinai na midʒinu ʔidʒabiti. な ^うむいがきない な みぢぬ ^いぢゃびてぃ.
深さは だいたい 170尺という 所(を) 掘ったところ 水が でてきて、 hukasaja teːgeː hjakunanadʒiʃʃakurjuːnu tukumaː huti sagutu midʒinu ʔidʒiːtitʃiː ふかさや てーげー ひゃくななぢっしゃくりゅーぬ とぅくまー ふてぃ さぐとぅ みぢぬ ^いぢーてぃちー
今は 水道(が) 各家(に) 入って、 水の ない 不自由(を) しないで りっぱな 生活(を)して namaja suidoː jaːjaː ʔittʃi midʒi neːɴ hudʒijuː saŋgutu rippana seːkatsu hitʃi なまや すいどー やーやー ^いっち みぢ ねーん ふぢゆー さんぐとぅ りっぱな せいかつ ひち
全部 もう 学問の 力(だ)。 muru naː gakumonnu tʃikaːra. むる なー がくもんぬ ちかーら.
人の んー 機械が 発達 すれば そんな ことも できるんだなあと。 tʃuːnu ʔɴː kikainu hattatsu ʃiːba ʔaɴʃiɴ kutuːɴ naisajaːritʃi ちゅーぬ ^んー きかいぬ はったつ しーば ^あんしん くとぅーん ないさやーりち
字民は もう 人(他)の 島に 負けない 誰もが 人に わらわれないように りっぱな 生活(が) できるねと 皆 喜んでいる 次第 です。 ʔadzamiɴja naː tʃunu ʃimaneːɴ makiraɴ taːgaɴ tʃuːneː wararaŋgutu rippana ʃeːkatsu naisajaːritʃi muru naː jurukurunu ʃireː jeːbiɴ. ^あざみんや なー ちゅぬ しまねーん まきらん たーがん ちゅーねー わららんぐとぅ りっぱな しぇーかつ ないさやーりち むる なー ゆるくるぬ しれー いぇーびん.
そこで 昔は その 瀬底島の 渡し舟というのは 本部の 浜崎と もう 瀬底の アンチ浜とで 渡し(を) しまして ʔaɴsaːi mukaʃija ʔunu seːkudʒimanu watasaːrjuːʃija mutubunu hamasakitu naː ʃiːkunu ʔantʃibamatuʃeːi watasaː saːbiti ^あんさーい むかしや ^うぬ せーくぢまぬ わたさーりゅーしや むとぅぶぬ はまさきとぅ なー しーくぬ ^あんちばまとぅしぇーい わたさー さーびてぃ
もう 昔の 船と いうものは タッタナーといって もう 松で 造っていた 船で naː mukaʃinu huniri ʔiːneːtija tattanaːritʃi naː matʃiʃeː tʃukuteːru huniʃi なー むかしぬ ふにり ^いーねーてぃや たったなーりち なー まちしぇー ちゅくてーる ふにし
人が 乗るのであれば もう 10人(ずつ) ぐらいずつ 乗って、 そして 櫂で 漕いで tʃuː nuriːba naː dʒuːninnaː ʔatainaː nuti ʔaɴʃi ʔeːkusaː hudʒi ちゅー ぬりーば なー ぢゅーにんなー ^あたいなー ぬてぃ ^あんし ^えーくさー ふぢ
もう そうして もう ああ 人も 瀬底島の 人たち(が) 渡って naː ʔaɴʃi hitʃuːti naː (aː tʃuːɴ) ʃiːkudʒimanu tʃuːtaː wataːti なー ^あんし ひちゅーてぃ なー (あー ちゅーん) しーくぢまぬ ちゅーたー わたーてぃ
特に 水(も) ない 大(大変な)時代 ですから。 tokunnaː midʒi neːnu ʔuːdʒidai jaibiɴʃeː とくんなー みぢ ねーぬ ^うーぢだい やいびんしぇー
浜崎から 水(を) 取るために その 渡しで もう 水も 運んで 生活も 暮らし方も していましたが もう それも 年を とっていくと 次第に … hamasakikara midʒi tuiɴri ʔunu watasaːneː naː midʒiɴ naː hajaːtʃi ʃeːkatsuɴ kuraʃikataɴ hitʃoːbiːtaʃiga naː ʔuriɴ tuʃiː tuʃiːtuikuːtu ʃiɴreːʃiɴreː はまさきから みぢ とぅいんり ^うぬ わたさーねー なー みぢん なー はやーち しぇーかつん くらしかたん ひちょーびーたしが なー ^うりん とぅしー とぅしーとぅいくーとぅ しんれーしんれー
始まりは タッタナーから、 機械を 使う 船も できて、 hwadʒimija tattanaːhara kikai ʃikiːnu hunuɴ rikiːti ふぁぢみや たったなーはら きかい しきーぬ ふぬん りきーてぃ
今は もう 昔から 比較しますと さった それも 六十 六十三年の 七月に 今の 渡しも できて もう 車も 積んで、本島も 瀬底島も 何も 変わらずに、 自動車から トラックから 何でも もう 島にいて 立派な この 渡しも なりたっている 次第です. namaja naː mukaʃikara hikaku ʃiːneːtija satta ʔuriɴ rokudʒuː rokudʒuːsannennu hitʃigwatʃineː namanu watasaːɴ rikiːti naː kurumaɴ tʃidi hontoːɴ ʃiːkudʒimaɴ nuːɴ kawaraɴwuti dʒidoːʃahara torakkukara nuŋkui naː ʃimaːŋkai wuti rippana kuno watasaɴ rikitoːɴ ʃireː jeːbiɴsai. なまや なー むかしから ひかく しーねーてぃや さった ^うりん ろくぢゅー ろくぢゅーさんねんぬ ひちぐゎちねー なまぬ わたさーん りきーてぃ なー くるまん ちでぃ ほんとーん しーくぢまん ぬーん かわらんうぅてぃ ぢどーしゃはら とらっくから ぬんくい なー しまーんかい うぅてぃ りっぱな くの わたさん りきとーん しれー いぇーびんさい.